歴史資料

長崎の海底ケーブル — 歴史資料

更新日:

地域長崎県長崎市
地名の英語表記Nagasaki
資料に記載された事業者・機関大北電信会社(歴史資料の事業者)

概要

長崎は日本の国際海底電信の歴史をたどれる場所です。長崎県の資料では、1870年8月25日に外国の海底ケーブル陸揚権が認められ、1871年から大北電信会社が長崎〜上海・長崎〜ウラジオストック間のケーブルを陸揚げしたと説明しています。小ヶ倉には陸揚庫の建物が史跡として残されています。

公表資料で確認したケーブル

掲載は確認できた事例です。現在の接続総数を示すものではなく、計画・過去の運用は個別に記載しています。

長崎〜上海/長崎〜ウラジオストックの海底電信線

1871年以降の陸揚げを長崎県の史跡資料に記録。

根拠となる公表資料

資料の読み方

1870年は権利が認められた年であり、実際の陸揚げ開始と混同できません。小ヶ倉の歴史資料を、現在NTTが運営する日中通信拠点の根拠として扱うこともできません。本ページは歴史上の陸揚地を扱い、現在の国際回線の有無や運営者は断定しません。

出典と訂正

1870年の許可と1871年以降の陸揚げを区別し、NTTの現役施設という根拠のない説明を撤回しました。

よくある質問

長崎について何が確認できますか?
長崎は日本の国際海底電信の歴史をたどれる場所です。長崎県の資料では、1870年8月25日に外国の海底ケーブル陸揚権が認められ、1871年から大北電信会社が長崎〜上海・長崎〜ウラジオストック間のケーブルを陸揚げしたと説明しています。小ヶ倉には陸揚庫の建物が史跡として残されています。
掲載内容は現在の接続ケーブルの総数ですか?
総数ではありません。公表資料で確認できた事例を掲載しています。1870年は権利が認められた年であり、実際の陸揚げ開始と混同できません。小ヶ倉の歴史資料を、現在NTTが運営する日中通信拠点の根拠として扱うこともできません。本ページは歴史上の陸揚地を扱い、現在の国際回線の有無や運営者は断定しません。
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