海底ケーブル切断リスクと安全保障。世界の通信網で今何が起きているか
世界の国際通信トラフィックの99%を支える海底ケーブルが、地政学的な緊張と技術革新の狭間で大きな転換点を迎えている。2026年6月、フランスとチュニジアを結ぶ新ケーブル「ViaTunisia」が運用を開始し、欧州と北アフリカの接続性を強化した。一方で米国は安全保障上の懸念から規制強化に乗り出し、17カ国が連携してケーブル防護の新たな国際的枠組みを立ち上げるなど、その重要インフラとしての側面がかつてなくクローズアップされている。現代社会の生命線ともいえる海底ケーブル網で、今何が起きているのか。
## AI時代が促す新設ラッシュ、20年ぶりの海底ルートも
AIやクラウドサービスの爆発的な普及は、データセンター間を結ぶ通信容量の増大を求め、海底ケーブルの新設プロジェクトを後押ししている。その象徴的な例が、オーストラリアのタスマニア島と本土を結ぶ新ケーブル「Bernacchi-1」計画の発表だ。これはタスマニアにとって20年以上ぶりとなる新設ケーブルであり、次世代のAIインフラを支える重要な投資と位置づけられている。完成すれば、60テラビット以上の新たな通信容量がもたらされるという。
同様の動きは世界各地で見られる。欧州連合(EU)の資金援助を受けて実現したフランス-チュニジア間の「ViaTunisia」は、設計寿命25年を見据えた長期的なインフラだ。こうした新設は、単なる容量増強にとどまらない。災害や人為的な切断に備え、通信ルートを複数確保する「冗長性」の確保という、極めて重要な目的も担っているのだ。
## 安全保障の最前線へ、米中対立の新たな舞台
海底ケーブルが経済活動の基盤であると同時に、国家安全保障を左右する戦略的資産であるとの認識が急速に広がっている。この潮流を最も強く推し進めているのが米国だ。
米連邦通信委員会(FCC)は2026年6月、海底ケーブルの監督を大幅に強化する規則案を発表した。注目すべきは、ケーブルを陸上の通信設備に接続する「海底線路末端装置(SLTE)」の運用者に対し、初めてライセンス取得を義務付ける点である。これは、通信システムの最も重要な部分を厳格な管理下に置くことを意味する。この措置は、中国企業製の機器を事実上排除し、信頼できる米国企業の承認プロセスを迅速化する狙いがあると報じられており、米中間の技術覇権争いが海底にまで及んでいることを色濃く反映している。
## 17カ国が連携、国際的な防護網「GUIDE」始動
安全保障上の脅威は、一国だけの問題ではない。2024年5月末、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)において、17カ国が参加する新たな防護の枠組み「水中インフラ防衛交流指導原則(GUIDE)」が発足した。シンガポールが主導し、オーストラリア、英国、フランス、マレーシア、フィリピンなどが参加するこの枠組みは、海底ケーブルへの脅威に関する情報共有を促進し、早期警戒能力を高めることを目的とする。
GUIDEは法的拘束力を持たない自主的な協力体制だが、地政学的な緊張が高まる中で、通信インフラの物理的な安全性を守ろうとする国際社会の強い意志の表れと言えるだろう。エネルギー輸送用の海底パイプラインと並び、通信ケーブルが意図的な攻撃の対象となりうることが、もはや共通認識となったのだ。
## 浮き彫りになる物理的脆弱性、故障の75%は沿岸部に集中
国家間の対立というマクロな脅威とは別に、ケーブル自体の物理的な脆弱性も改めて指摘されている。英国立海洋学センター(NOC)が主導した最新の研究は、特に代替ルートの少ない島嶼国にとって衝撃的な事実を明らかにした。
過去40年間に記録された5,000件以上のケーブル故障データを分析した結果、島嶼国に接続するケーブルの故障のうち、実に75%以上が沿岸から300km以内の海域で発生していたという。この海域は、漁業活動や船舶の投錨といった人為的なリスクと、地震や海底地すべりなどの自然災害が重なり合う、まさに「脆弱性のホットスポット」だ。国際通信の根幹を支えるインフラが、実は我々の足元近くで最も危険に晒されている。この現実は重い。
## 見えざる生命線をどう守るか
AIの進化がデータ需要を押し上げ、世界はさらに多くのケーブルを必要としている。しかし、そのケーブル網は、これまで以上に複雑なリスクに直面している。技術革新による「攻め」のインフラ増強と、国際協調や物理的防護という「守り」の体制強化。この両輪をいかにして回していくか。見えざる巨大ネットワークの安定性は、今後のデジタル社会の行方を占う試金石となるだろう。
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よくある質問
- 海底ケーブルが切れたらどうなるのですか?
- 多くの主要ルートは複数のケーブルで冗長化されているため、1本の切断で直ちに通信が途絶することは稀です。しかし、代替路が少ない島嶼国や、複数のケーブルが同時に損傷した場合は、大規模な通信障害や速度低下が発生する可能性があります。
- 海底ケーブルの敷設や修理はどのように行うのですか?
- 「ケーブル敷設船」という専用船が、数千キロに及ぶケーブルを搭載し、海底に敷設していきます。修理の際は、遠隔操作無人探査機(ROV)で故障箇所を特定・引き上げ、船上で接続し直してから再び海底に沈めます。
- なぜ今、海底ケーブルが安全保障の対象になっているのですか?
- 国際通信の99%を担い、金融、行政、軍事などあらゆる活動を支えるため、国家の生命線と見なされているからです。国家間の対立が深まる中、通信データの傍受や有事の際の物理的な破壊リスクが現実的な脅威となり、各国が防護体制の強化を急いでいます。
出典
- SubTel Forum: フランス・マルセイユとチュニジア・ビゼルトを結ぶViaTunisia海底ケーブルが運用可能(RFS)ステータスに到達した。
- SubTel Forum / Reuters: 米国連邦通信委員会(FCC)が、国際インターネットトラフィックの99%を扱う海底通信ケーブルの監督を強化する計画を発表。中国企業の機器提供を困難にし、信頼できる米国企業の承認を迅速化する狙いがある。
- SubTel Forum / SUBCO Press Release: Firmus社とSUBCO社が、タスマニアとオーストラリア本土を結ぶ新海底ケーブル「Bernacchi-1」の建設を発表。タスマニアにとっては20年以上ぶりの新設となる。
- SubTel Forum / Telecom Review Asia: シンガポール主導の下、17カ国が海底の通信・エネルギーケーブルを保護するための国際的枠組み「GUIDE」を立ち上げた。
- SubTel Forum / Ocean News & Technology: 英国立海洋学センター(NOC)の研究によると、島嶼国に接続する海底ケーブルの故障の75%以上が、沿岸から300km以内の近海で発生している。