海底ケーブル切断?世界の通信99%を支える光の道の真実

海底ケーブル切断?世界の通信99%を支える光の道の真実

基礎から押さえる

世界の国際通信の99%以上は、海底に敷かれた光ファイバーケーブルによって支えられている。私たちが日常的に利用するインターネット、国際電話、クラウドサービス、そのほぼ全てが、この目に見えないインフラの上で成り立っているのだ。しかし、その生命線は、時に漁船の錨ひとつで断ち切られてしまうほど脆い側面も持つ。本記事では、現代社会に不可欠な海底ケーブルがどのように作られ、運用され、そしてどのような脅威に晒されているのか、その光と影を10年以上にわたり通信業界を取材してきた専門ライターの視点から多角的に掘り下げていく。 ## 髪の毛ほどのガラス繊維が毎秒200テラビットを運ぶ 海底ケーブルの核心部は、髪の毛ほどの細さのガラス繊維、光ファイバーだ。この細いガラス管の中を、レーザー光の点滅によってデジタル情報が超高速で駆け抜ける。最新のケーブルでは、光ファイバー1本のペアで毎秒200テラビット(Tbps)を超えるデータ伝送が可能。これは、映画数万本分のデータをわずか1秒で送れる計算になる。 しかし、この膨大な情報を効率よく捌くには、単にデータを流すだけでは不十分だ。そこで重要な役割を果たすのが「ROADM(ロードム)」と呼ばれる技術である。ROADMは「Reconfigurable Optical Add-Drop Multiplexer」の略で、光信号の交通整理を行う高度な装置だ。これを光の高速道路に例えるなら、ROADMは遠隔操作で自由に行き先を変更できるスマートなジャンクション(JCT)に相当する。 従来の技術(OADM)では、一度設定した光のルートを変更するには現地で物理的な作業が必要だった。しかしROADM、特にその中核をなす「WSS(波長選択スイッチ)」の登場により、特定の波長(データの通り道)だけを抜き出したり、別のルートに加えたりといった操作が、陸上にある監視センターからクリック一つで可能になったのだ。これにより、通信需要の変動やケーブルの故障時に、迅速かつ柔軟に通信経路を切り替えることができる。近年の海底ケーブル網の安定性は、このROADM技術の進化に支えられている部分が大きい。 ## 巨大ケーブル船が描く深海8000mの光の地図 太平洋や大西洋を横断する数千キロものケーブルは、一体どのようにして敷設されるのか。その主役は、全長140メートルを超える巨大なケーブル敷設船だ。海底ケーブル業界には、米国の「SubCom(サブコム)」、フランスの「ASN(アルカテル・サブマリン・ネットワークス)」、そして日本の「NEC」という三大メーカーが存在するが、ここでは世界最大手の一角、SubComの船団を例に見てみよう。 SubComが誇る旗艦船「CS Reliance」などの船は、一度の航海で数千トンのケーブルを船倉に巻き取り、数ヶ月かけて大海原へと繰り出す。ケーブル敷設は、単に海底に落としていくだけの単純な作業ではない。水深が浅い沿岸部(約1500mまで)では、ケーブルを海底に埋設する必要がある。ここで活躍するのが「ROV(遠隔操作無人探査機)」と呼ばれる水中ロボットだ。ROVは船から降ろされ、高圧ウォータージェットで海底に溝を掘り、そこにケーブルを埋設していく。漁船の底引き網や船の錨による損傷からケーブルを守るためだ。 水深が1500mを超える深海では、ケーブルは基本的に海底の地形に沿ってそのまま敷設される。船はGPSで正確な位置を把握しながら、ケーブルの張力を一定に保ち、時速数キロというゆっくりとした速度で進む。敷設ルートは、事前の海底調査で火山活動や地滑りのリスクが少ない場所が綿密に選定されている。まさに深海に光の地図を描いていく、壮大なプロジェクトである。 ## 米国SubCom vs 中国勢―熾烈なシェア争いの舞台裏 海底ケーブルの敷設は、単なるインフラ整備ではない。それは国家の経済、そして安全保障を左右する戦略的な意味合いを持つ。この分野で、長年にわたり熾烈な競争を繰り広げているのが、米国と中国だ。 米国の牙城となっているのが、先にも触れたSubCom社だ。同社はもともとAT&Tの海底システム部門として誕生し、幾度かの買収を経て現在の姿になった。SubComの強みは、その卓越した技術力と豊富な実績にある。特に近年、Google、Amazon、Meta(旧Facebook)、Microsoftといった「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業が自社専用のプライベートケーブルを次々と建設しており、SubComはその多くを受注することで確固たる地位を築いている。 これに対し、中国は国策としてHMNテクノロジーズ(旧ファーウェイ・マリーン)などを支援し、急速にシェアを拡大してきた。しかし、データの盗聴や安全保障上の懸念から、米国政府は中国製ケーブルの排除に動いている。その一環が「ROCI(Restoring Oyster Cove Initiative)」のような補助金プログラムだ。これは、機微な情報が通過するケーブルから中国企業を排除し、SubComのような信頼できるベンダーに切り替える費用を政府が補助する制度である。海底ケーブルは、米中間の技術覇権争いの最前線でもあるのだ。 ## 台湾沖で頻発する「偶然」のケーブル切断 海底ケーブルの物理的な脆弱性が最も顕著に現れている場所の一つが、台湾周辺の海域だ。台湾の離島、馬祖列島と台湾本島を結ぶケーブルは、2023年だけで2度も切断され、住民の通信に深刻な影響を与えた。台湾の通信当局によれば、過去5年間で馬祖列島周辺のケーブルは27回も切断されているという。 切断の主な原因は、中国の漁船や砂利採取船によるものだと指摘されている。船が投下した錨がケーブルを引っ掛けてしまったり、海底をさらう底引き網が損傷させたりするケースだ。しかし、これだけ頻発すると、単なる「事故」として片付けることには疑問符が付く。一部では、台湾への圧力を強める中国による意図的な破壊行為、いわゆる「ハイブリッド戦争」の一環ではないかとの見方も強まっている。2006年の台湾南部沖地震では、大規模な海底地滑りによって複数の国際ケーブルが同時に切断され、アジア全域の通信に大混乱をもたらした。自然災害に加え、地政学的な緊張が、台湾の通信インフラを常に脅かしている。 この問題は日本にとっても他人事ではない。日本と東南アジアや欧州を結ぶ通信の多くは、台湾周辺の海域を経由している。台湾有事が発生し、このルートが遮断されれば、日本の国際通信も大きな影響を受ける可能性がある。通信ルートの多様化と、インフラ防衛の重要性が改めて問われている。 ## なぜGAFAは自前でケーブルを建設するのか かつて海底ケーブルの建設は、世界各国の通信事業者が共同で出資する「コンソーシアム」方式が主流だった。しかし、2010年代後半からその潮流は大きく変わる。GoogleやMetaといった巨大IT企業が、自らオーナーとなってケーブルを敷設する「プライベートケーブル」が急増したのだ。 その背景にあるのは、彼らが扱うデータ量の爆発的な増加だ。世界中に配置された自社のデータセンター間を、膨大なデータが常に往来している。他社のインフラを借りるよりも、自前で最適なルートのケーブルを建設した方が、長期的にはコストを抑えられ、通信品質を自由にコントロールできる。需要に応じてROADMで帯域を柔軟に割り当てるといった運用も、自社の思いのままだ。 この動きは、海底ケーブル業界の勢力図を塗り替えた。SubComのようなメーカーは、GAFAという巨大な顧客を得て事業を拡大。一方で、従来の通信事業者の影響力は相対的に低下し、インターネットの主導権が通信キャリアからプラットフォーマーへと移り変わっていく象徴的な出来事となったのである。 ## 次世代技術が拓く未来と残された課題 世界のデータ通信量は、今後も指数関数的に増え続けると予測されている。この需要に応えるため、海底ケーブル技術も進化を止めない。現在の光ファイバーは1本の「コア(芯)」で光を伝えるが、1本のファイバーに複数のコアを収容する「マルチコアファイバー」などの次世代技術が実用化されれば、伝送容量はさらに飛躍的に向上するだろう。 一方で、物理的なインフラとしての脆弱性という課題は残されたままだ。台湾沖の事例が示すように、ケーブルは地政学的な駆け引きの道具にもなりうる。今後は、特定の海域に依存しないよう通信ルートをさらに多様化・冗長化させるとともに、ケーブルの位置情報を監視し、不審な船舶の動きを検知するような防衛策の強化が国際的な課題となる。 近年、スペースX社のスターリンクのような衛星通信サービスが注目を集めている。しかし、一度に運べる情報の量と通信の安定性においては、海底ケーブルの優位性は当分揺るがない。空の道と海の道、両者が互いに補完し合いながら、私たちのデジタル社会を支えていくことになる。この見えない光の道の未来は、技術革新と国際協調の双方が鍵を握っているのだ。

この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。

よくある質問

海底ケーブルの寿命はどのくらいですか?交換はどうするのですか?
設計上の寿命は約25年とされています。しかし、通信需要の増大や技術の進化が速いため、物理的な寿命より先に経済的な寿命を迎え、新しいケーブルに置き換えられることが大半です。古いケーブルは環境への影響を考慮し、海底に残される場合もあります。
海底ケーブルが1本切れたら、インターネットは使えなくなりますか?
すぐに大規模な障害につながることは稀です。重要な通信ルートは複数のケーブルで冗長化(バックアップ)されており、障害発生時には通信が自動的に別のルートへ迂回する仕組みになっています。ただし、特定の地域で切断が多発すると、通信速度の低下や不安定化を招くことがあります。
衛星通信が普及すれば、海底ケーブルは不要になりますか?
いいえ、当面は不要になりません。衛星通信は山間部や離島などでの利用に強みを発揮しますが、通信容量、速度、安定性の面では、現在も海底ケーブルが圧倒的に優位です。両者は競合するだけでなく、互いに弱点を補い合う関係になっていくと考えられています。

出典

海底ケーブル通信インフラSubComROADM経済安全保障