海底ケーブル新設ラッシュ、なぜ?AIと地政学が促す世界的競争

海底ケーブル新設ラッシュ、なぜ?AIと地政学が促す世界的競争

2026年5月、わずか数日の間に世界各地で海底ケーブルの新設計画が相次いで発表された。イスラエルが欧州とアジアを結ぶ新ルートの敷設を開始し、中国は香港を起点とする大容量ケーブルの陸揚げを完了。西アフリカのギニアやメキシコ湾、そして北極圏アラスカでも新たなプロジェクトが動き出す。現代社会の神経網である海底ケーブルの敷設が、今なぜこれほど活発化しているのか。その背景には、爆発的に増加するAIのデータ需要と、国家間の思惑が絡む地政学的な変化という、2つの大きな潮流が存在する。

AIが求める「超」大容量通信

通信インフラは、AI(人工知能)の進化という巨大な需要に直面している。メキシコと米国を結ぶ新たな海底・陸上ネットワーク「CSN-2」は、その名も「次世代AIバックボーン」と銘打たれた。開発を主導するTelconetとC3ntro Telecomは、このネットワークが北米と中南米のデータセンターハブを直結し、AI開発に不可欠な膨大なデータ処理を支えると発表している。

この動きはメキシコ湾に限った話ではない。中国電信が主導し、香港に陸揚げされた「Asia Link Cable (ALC)」は、総設計容量が毎秒325テラビットを超える。これは香港とシンガポールを結ぶルートにおいて、最高容量の国際海底ケーブルとなる見込みだ。さらにイスラエルの通信大手Bezeq Telecomが着手したプロジェクトでは、400テラバイト(毎秒400テラビット)を超える容量が計画されている。生成AIやクラウドコンピューティングが大陸間でやり取りするデータ量は指数関数的に増大しており、既存のインフラでは追いつかない。それが、こうした「超」大容量ケーブルへの投資を後押ししているのだ。

地政学リスクが変える「海の道」

海底ケーブルのルートは、物理的な安全性だけでなく、地政学的な安定性によってもその価値が左右される。その最たる例が、イスラエルのBezeq Telecomが約1.72億ドル(5億シェケル)を投じて開始した新ケーブルプロジェクトだ。

このケーブルは、欧州とアジアをイスラエル経由で結ぶことで、世界のブロードバンド通信の約17%が通過するホルムズ海峡への依存度を低下させることを狙う。Bezeqの会長は、このプロジェクトが「イスラエルを地域だけでなく、世界的なデジタルバックボーンとして位置づける」と語っており、その戦略的な重要性は明らかだ。近年、イランがホルムズ海峡の海底ケーブルの脆弱性を指摘するなど、特定のチョークポイント(海上交通の要衝)に通信インフラが集中するリスクが顕在化している。新しいルートの開拓は、単なる通信容量の増強ではなく、経済安全保障上の喫緊の課題なのである。

アジア太平洋のデジタル覇権争い

アジア太平洋地域でも、インフラを巡る主導権争いが激化している。中国電信が13の通信事業者と共同で建設を進めるALCケーブルは、その象徴と言えるだろう。

総延長約6,200kmに及び、香港、シンガポール、フィリピン、ベトナムなど東南アジアの主要国を結ぶこの巨大プロジェクト。完成すれば、中国はアジアのデジタル経済圏において、より強固な基盤を手にすることになる。これは、米国主導のケーブルプロジェクトに対抗し、地域における影響力を確保しようとする中国の明確な意思の表れだ。インターネットの物理的な経路を誰がコントロールするかは、その上のデータの流れ、ひいては経済や安全保障の力学にまで影響を及ぼす。海底ケーブルは、静かなる覇権争いの最前線なのだ。

未開の地へ広がるデジタル格差是正の光

大国間の競争が過熱する一方で、これまで十分な通信インフラがなかった地域にも変化の波が訪れている。西アフリカのギニア共和国では、地中海とアフリカ西岸を結ぶ「MEDUSA」ケーブルシステムの陸揚げに向けた契約が正式に締結された。これにより、同国のデジタル経済の発展が大きく加速することが期待される。

また、アラスカの北極圏では、Quintillion社が既存の海底ケーブル網の拡張を進めている。これは、ノームやフーパーベイといった遠隔地のコミュニティに高速インターネットを届けるための重要なプロジェクトだ。極寒の海での敷設は困難を極めるが、デジタルデバイド(情報格差)を解消し、教育や医療、経済活動の機会を創出する上で欠かせない投資である。

環境への配慮という新たな基準

海底ケーブルの敷設は、もはや技術と経済性だけで語れるものではなくなった。アラスカのQuintillion社のプロジェクトでは、ケーブル敷設船に「Protected Species Observers(保護種監視員)」が同乗することが契約に盛り込まれている。これは、クジラやアザラシといった海洋生物への影響を最小限に抑えるための措置だ。

インフラ開発が海洋生態系に与える影響への懸念が高まる中、環境コンプライアンスの遵守はプロジェクト成功の必須条件となりつつある。今後、世界中で計画されるであろう無数の海底ケーブルプロジェクトにおいて、技術的な挑戦や地政学的な駆け引きと並行し、いかにして自然環境と共存していくか。その姿勢こそが、事業者の持続可能性を測る新たな物差しとなるだろう。

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よくある質問

海底ケーブルが切れたらどうなりますか?
1本のケーブルが切れても、通常は他の複数の迂回ルートを通じて通信が確保されるため、すぐにインターネットが停止することは稀です。しかし、ホルムズ海峡のように通信が集中する場所で大規模障害が起きると、通信速度の低下や一部サービスの不安定化につながる恐れがあります。
海底ケーブルの敷設費用はどれくらいですか?
プロジェクトの規模や距離によりますが、数億ドル規模になるのが一般的です。例えば、イスラエルが計画する欧州・アジア間の新ケーブルは約1.72億ドル(約260億円)と報じられており、数千kmに及ぶ大規模なものでは更に高額になります。
なぜ今、海底ケーブルの新設が増えているのですか?
主な理由は2つです。1つは生成AIやクラウドの普及による爆発的なデータ通信量の増加で、より大容量の回線が必要なためです。もう1つは、特定の海峡や地域に通信が集中する地政学的なリスクを分散させるため、新たなルートを開拓する動きが活発化しているからです。

出典

    海底ケーブル通信インフラ地政学AIデジタルデバイド