海底ケーブル容量1Tbps化の衝撃 AIが迫る通信インフラの限界

海底ケーブル容量1Tbps化の衝撃 AIが迫る通信インフラの限界
インドネシアの通信事業者2社が、既存の海底ケーブルの伝送容量を波長あたり毎秒1テラビット(Tbps)へと大幅に増強した。ジャカルタとシンガポールを結ぶ重要なルートの一部、約1,055kmの区間で実施されたこのアップグレードは、AI(人工知能)の普及によって爆発的に増加するデータ通信量に対応する世界的な潮流を象徴する出来事だ。我々のデジタル社会を支える海の底で、今まさに通信インフラの限界を押し上げる静かな戦いが始まっている。 ## AIがもたらす「ギガ」から「テラ」への通信革命 今回の技術革新の背景には、AIがもたらす桁違いのデータ需要がある。AIモデルの学習や運用には、膨大なデータセットをデータセンター間で高速にやり取りする必要があり、これが国際通信の99%を担う海底ケーブルのトラフィックを急速に圧迫しているのだ。これまで最先端とされてきた毎秒400ギガビット(Gbps)級の伝送技術ですら、将来の需要には追いつかないとの見方が強い。 そこでインドネシアのMatrix NetworksとNAP Infoが導入したのが、米Ciena社の最新技術「WaveLogic 6 Extreme」だ。これは、光ファイバー1本の中に通す光の波長をさらに高密度化し、1波長あたりに載せられる情報量を極限まで高める技術。これにより、ケーブルを新たに敷設することなく、既存インフラのままで通信容量を数倍に引き上げることを可能にした。毎秒1テラビットは、1,000ギガビットに相当する。この「テラビット時代」の到来は、AI社会の発展を支えるための不可欠な一歩と言えるだろう。 ## なぜ新設ではなく「アップグレード」が選ばれるのか 海底ケーブルを新たに1本敷設するには、数億ドル以上の莫大な費用と、計画から完成まで数年単位の時間を要する。ルート調査、環境アセスメント、各国の許認可取得など、そのプロセスは複雑だ。太平洋を横断するような長距離ケーブルともなれば、その負担は計り知れない。 対して、既存ケーブルの性能を向上させるアップグレードは、はるかに経済的かつ迅速な解決策だ。今回の事例のように、ケーブルの両端にある陸揚げ局の光伝送装置(SLTE)を最新のものに交換するだけで、伝送容量を飛躍的に高めることができる。これは、道路を新設するのではなく、同じ車線でより多くの車を効率よく走らせる改良に似ている。AIがもたらす急激な需要増に対し、通信事業者が取りうる最も現実的で賢明な投資戦略。それが「アップグレード」なのだ。 ## 国家が急ぐ海底ケーブルの「交通整理」 海底ケーブルは、もはや単なる民間企業のビジネスインフラではない。金融取引、クラウドサービス、そして国家間の情報伝達を支える経済安全保障上の最重要資産だ。そのため、各国政府もその整備と保護に神経を尖らせている。 2026年6月、米国の連邦通信委員会(FCC)は、海底ケーブルの陸揚げに関する許認可プロセスを迅速化する規則改正を議題に挙げた。これは、国家安全保障上の審査を維持しつつも、インフラ展開の遅延を解消し、米国の国際競争力を強化する狙いがある。地政学的な緊張が高まる中、データがどこを通り、誰によって管理されるかは極めて重要な問題だ。各国が自国経由のケーブルルートを誘致し、手続きを簡素化しようと動く背景には、デジタル経済における覇権争いという側面も見て取れる。 ## 空のライバル?衛星通信「Starlink」との棲み分け 海底ケーブル網が通信インフラの「大動脈」として進化を続ける一方で、空からは新たなプレイヤーが台頭している。SpaceX社が展開する低軌道衛星(LEO)通信サービス「Starlink」だ。オーストラリアでは、Starlinkの契約者数が2025年末時点で55万件を突破し、半年で約18万件も増加するなど、急速に普及が進んでいる。 しかし、これは海底ケーブルの役割を脅かすものではない。Starlinkのような衛星通信は、山間部や離島など、物理的にケーブルを敷設するのが困難な地域をカバーすることに強みを持つ。いわば、全身に血液を届ける「毛細血管」の役割だ。対して、都市間や大陸間を結ぶ桁違いの大容量通信は、依然として海底ケーブルの独壇場である。災害時に地上のインフラが寸断された際のバックアップ回線として機能するなど、両者は競合ではなく補完し合う関係にある。今後、この陸と空のネットワークが連携し、より強靭で隙間のないグローバル通信網が形成されていくだろう。 インドネシアで見られた1Tbpsへのアップグレードは、氷山の一角に過ぎない。世界中の通信インフラは、AIという巨大な波に対応するため、海底に眠る光ファイバーの潜在能力を極限まで引き出す競争の真っ只中にある。これは単なる技術革新ではなく、私たちのデジタル社会の未来を左右するインフラ戦略そのものだ。次に海底ケーブルがニュースになる時、それはさらなる容量更新の報か、あるいは予期せぬ切断事故の警鐘かもしれない。我々の日常が、この目に見えない光の道にどれほど支えられているかを、改めて突きつけられる。

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よくある質問

海底ケーブルが切れたらどうなるの?
国際通信の多くは複数のケーブルルートで冗長化されているため、1本が切れても直ちに通信が途絶することはありません。通信は自動的に別のルートへ迂回しますが、大規模な障害や代替ルートがない場合は、通信速度の低下や一部サービスの利用不可といった影響が出る可能性があります。
海底ケーブルの容量を1Tbpsに増やす技術とは?
Ciena社の「WaveLogic 6 Extreme」に代表される最新のコヒーレント光伝送技術です。光の波長(周波数)や位相、偏波を高度に制御することで、1つの光ファイバーで送れるデータ量を増大させます。ケーブル自体を交換せずに全体の通信容量を大幅に向上できるのが特徴です。
衛星通信(Starlink)があれば海底ケーブルは不要になりますか?
いいえ、不要にはなりません。海底ケーブルは桁違いの大容量・低遅延・安定性を誇る国際通信の「幹線」です。衛星通信は、ケーブルの敷設が困難な地域や移動体通信を補完する「支線」の役割を担っており、両者は共存・補完する関係にあります。

出典

  • SubTel Forum: Two Indonesian digital infrastructure operators have upgraded their submarine cable systems with Ciena’s technology. The move aims to add capacity on routes that carry internet traffic between Indonesian islands and overseas networks through Batam and Singapore. ... The upgrade delivers 1 terabit per second per (Tb/s) wavelength across the 1,055-kilometre link, according to the companies.
  • SubTel Forum: On June 4, the Federal Communications Commission (FCC or Commission) released a tentative agenda for the FCC’s June Open Meeting ... Accelerating the Buildout of Submarine Cables – Second Report and Order and Second Further Notice of Proposed Rulemaking, OI Docket No. 24-523; MD Docket No. 24-524.
  • TeleGeography: According to a report from the Australian Competition and Consumer Commission (ACCC), at the end of 2025 Starlink had 552,000 subscriptions across Australia, up from 375,000 six months before and 297,000 at the start of 2025.
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