海底ケーブルが切れたら?通信を支える深海の巨人、その仕組みと費用

海底ケーブルが切れたら?通信を支える深海の巨人、その仕組みと費用
世界の国際データ通信量の99%は、海底に敷設された光ファイバーケーブルによって伝送されている。この現代社会の神経網ともいえるインフラが、もし切断されたら一体何が起こるのか。2006年の台湾沖地震では、複数のケーブルが損傷し、アジア広域でインターネット接続の深刻な障害や金融取引の停止が発生した。私たちの生活と経済は、直径わずか数センチのケーブルに大きく依存しているのだ。 この記事では、海底ケーブルがどのように敷設され、万が一切断された場合に何が起こるのか、そして誰がその建設を担っているのか、知られざるインフラの最前線を解き明かす。 ## 光ファイバー1本に毎秒200テラビット超の衝撃 海底ケーブルの見た目は、ただの黒いホースのようだ。しかし、その内部には髪の毛ほどの細さの光ファイバーが数十本束ねられており、これが情報の通り道となる。ポリエチレンの被覆、鋼線、銅管などが幾重にも重なり、水深8,000メートルを超える水圧や、サメなどの海洋生物による噛みつきからも光ファイバーを保護する構造だ。 その伝送容量は凄まじい。例えば、2022年に運用が開始されたGoogleの海底ケーブル「Grace Hopper」は、16対の光ファイバーペアを持ち、合計で毎秒352テラビット(Tbps)のデータを伝送できる。これは、1秒間にHD画質の映画を1750万本ストリーミングできる計算になる。技術の進歩は伝送容量を飛躍的に増大させ、世界中のデータ需要を支え続けている。 ## 深海8,000mへ、数カ月と数百億円をかけた敷設作業 海底ケーブルの敷設は、数年がかりの一大プロジェクトだ。まず、海洋調査船が数カ月かけて海底の地形や地質を詳細に調査し、地震や火山活動のリスクが少ない最適なルートを決定する。この調査結果に基づき、ケーブルが製造されるのだ。 実際の敷設は、「ケーブル敷設船」と呼ばれる特殊な船が担う。船は数千キロメートル、数千トンにも及ぶケーブルを巨大なタンクに巻き取って搭載し、港を出発。GPSで正確な位置を把握しながら、時速数キロメートルというゆっくりとした速度で海底にケーブルを降ろしていく。特に漁業が盛んな水深1,500メートル以浅の大陸棚では、海底掘削機(ROV)を使い、ケーブルを海底に1〜3メートルほど埋設して保護する。 この壮大なプロジェクトには莫大な費用がかかる。太平洋を横断するような1万キロメートル級のケーブルの場合、調査、製造、敷設、そして両端の陸揚げ局の建設まで含めると、総工費は300億円から500億円に達することも珍しくない。 ## 海底ケーブルが切れる原因No.1は「漁業活動」 では、これほど頑丈に作られたケーブルが切断されることはあるのだろうか。答えはイエスだ。年間100〜200件ほどの切断事故が世界中で発生している。その原因として最も多いのは、意外にも地震や海底火山といった自然災害ではない。全体の約7割が、底引き網漁などの漁業活動や、大型船が投下した錨(いかり)によるものなのだ。 切断事故が発生すると、直ちに修理船が現場へ急行する。故障箇所を特定した後、ROVや特殊なフックを使ってケーブルを海上に引き揚げる。船上で損傷部分を切断し、新しいケーブルを接続(融着接続)して防水・補強処理を施し、再び慎重に海底へ戻す。この一連の作業には、天候にもよるが数日から数週間を要する。 ## なぜインターネットは止まらないのか? 1本のケーブルが切れても、インターネットが完全に停止することは稀だ。なぜなら、主要な国や都市は複数の異なるルートの海底ケーブルで結ばれ、網の目(メッシュ)のようなネットワークを形成しているからだ。1つのルートに障害が発生しても、データは自動的に別の健全なルートへと迂回される仕組みになっている。 ただし、影響が全くないわけではない。迂回ルートは通信経路が長くなるため、通信の遅延(レイテンシー)が大きくなることがある。また、迂回先のケーブルの容量に余裕がなければ、通信速度が低下することもある。特に、代替ルートが少ない地域や島国では、ケーブル切断の影響はより深刻になりやすい。 ## GAFAが自ら敷設する時代へ、変化する所有構造 かつて海底ケーブルは、各国の通信事業者が共同で出資する「コンソーシアム」モデルで建設されるのが主流だった。しかし、この10年で状況は大きく変わった。Google、Amazon、Meta(旧Facebook)、Microsoftといった巨大IT企業が、自らケーブルの計画・建設を主導するケースが急増しているのだ。 彼らは世界中に巨大なデータセンターを保有し、クラウドサービスや動画配信、SNSなどで膨大なデータをやり取りしている。サービスの品質を維持し、増え続けるデータトラフィックを安定してさばくため、自社専用に近い形でインフラをコントロールする必要に迫られた結果だ。米調査会社TeleGeographyも、通信セクター全体でM&Aを含む業界再編が活発化していると指摘しており、巨大IT企業によるインフラ投資もこの大きな潮流の一部と見なせる。 ## 「海の神経網」がもたらす経済安全保障上の課題 海底ケーブルは、もはや単に国と国をつなぐ通信回線ではない。それはデータセンターという「脳」と「脳」を結び、グローバルなクラウド経済を支える「海の神経網」そのものだ。この重要性の高まりは、新たなリスクも生んでいる。 特定のケーブルが地政学的な緊張の高まりの中で、スパイ活動や破壊工作の標的となる可能性が指摘され始めた。重要なケーブルの陸揚げ局をどの国に置くか、どの国の企業が建設に関わるかといった問題は、単なるビジネス判断を超え、国家の経済安全保障を左右する戦略的な意味合いを帯び始めている。私たちの目に見えない深海で、世界の情報を巡る静かな競争が繰り広げられているのだ。

この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。

よくある質問

海底ケーブルの設計上の寿命はどのくらいですか?
一般的に海底ケーブルの設計上の寿命は25年とされています。ただし、技術革新の速さから、物理的な寿命を迎える前に容量不足で陳腐化し、新しいケーブルに置き換えられるケースも少なくありません。
海底ケーブルはどのくらいの深さに敷設されるのですか?
水深はルートによって大きく異なり、浅い沿岸部から、日本海溝のような水深8,000メートルを超える深海まで敷設されます。水深1,500メートルより浅い海域では、漁業活動や船の錨からケーブルを保護するため、海底に埋設するのが一般的です。
日本の主要な海底ケーブル陸揚げ局はどこにありますか?
日本の主要な陸揚げ局は、国際ケーブルの玄関口として地理的に優位な千葉県の千倉・丸山エリアや三重県の志摩エリアに集中しています。これらの地点は、首都圏や中京圏のデータセンターへのアクセスも良好です。

出典

  • TeleGeography - M&A Monthly: May/June 2026: 通信セクター全体でM&Aを含む業界再編が活発化していると指摘しており、巨大IT企業によるインフラ投資もこの大きな潮流の一部と見なせる。
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