海底ケーブル修理船は世界に62隻

海底ケーブル修理船は世界に62隻
世界のインターネット通信の99%は、海底に横たわる一本一本のケーブルが運んでいます。そのケーブルは年に100〜150回切れ、修理を担う専用船は世界にわずか62隻。しかも平均船齢は20年を超えています。ケーブルが切れたとき、本当のボトルネックは技術ではなく「直せる船が現場に来るまでの時間」です。順調でも2〜4週間、運が悪ければ2〜3ヶ月。なぜそれほど待たされるのか、業界の現実から解きほぐしていきます。 ## 1年に150回切れる海底ケーブル、犯人の4割は漁網 海底ケーブルの障害は、毎年100〜150件のペースで起きています。国際ケーブル保護委員会(ICPC)が集計した原因を見ると、最も多いのは自然災害でも妨害工作でもありません。全体のおよそ4割を占めるのは、底引き網やトロール漁といった漁業活動です。漁具が海底を引きずる大陸棚(水深200mより浅い海域)で、ケーブルは最も傷つきやすくなります。 次に多いのが船の錨(アンカー)による切断で、全体の約25%。投錨した錨がケーブルを引っかけ、そのまま船が走ってしまうと一気に断線します。台湾沖では、漁船などの活動でケーブルが繰り返し損傷した事例が知られています。 残りは地震による海底地すべりや海底火山の噴火といった自然災害が約15%、25年ほどとされる寿命に達したケーブルの経年劣化が約10%。サメの噛みつきや意図的な破壊もわずかに起きています。トンガの海底火山噴火では、噴火そのものがケーブルを断ち切り、島が孤立しました。 障害件数は増える一方です。海底ケーブルの総数は2020年の約400本から2025年には約500本へと膨らみました。本数が増えれば、それだけ切れる箇所も増えていきます。 ## 修理に2〜3ヶ月かかる本当の理由は「船が来ない」 ケーブルが切れてから直るまでの工程は、想像以上に泥臭いものです。まず切断点の特定。OTDR(光時間領域反射測定)という手法で、光がどこで跳ね返ってくるかを測り、数時間で故障位置を絞り込みます。ここまでは速い。 問題はその先です。最寄りの修理船を手配し、現場まで航行させる——この一手間が数日から数週間かかります。修理全体で最大のボトルネックは、まさにこの「船が来るまでの待ち時間」なのです。 船が到着してからの作業も簡単ではありません。ROV(遠隔操作の無人潜水機)で海底のケーブルを探し、グラプネルと呼ばれる鉤爪で引き揚げる。水深4,000mを超える海域では、この引き揚げだけで数十時間を要します。船上の専用作業室で切断部を切り落とし、髪の毛より細い光ファイバーを一本ずつ融着接続。つなぎ直したケーブルを再び海へ沈め、伝送試験で通信品質を確かめて、ようやく完了です。 すべてが順調に運んで2〜4週間。けれど修理船が遠くの海域にいたり、現場が時化(しけ)続きで作業できなかったりすれば、復旧まで2〜3ヶ月に及ぶこともあります。 ## 平均船齢20年、静かに高齢化する修理船団 世界中の海底ケーブルを支える修理船は、約62隻しかありません。そしてその平均船齢は20年を超えています。多くは1990年代から2000年代にかけて建造された船で、すでに退役が始まりつつあります。 にもかかわらず、新造船の発注はごくわずか。船団は静かに老いています。これは単なる怠慢ではなく、構造的なジレンマの結果なのです。 ## 1隻2億ドルの船を、誰も発注したがらない ケーブル修理船は、1隻あたり1〜2億ドル、建造に2〜3年を要する高価な船です。それだけ投じても、修理の需要はいつ・どこで発生するか予測がつきません。新しいケーブルを敷設する需要も、景気に大きく左右されます。 船を持つ会社にとって、修理船は「いつ来るか分からない仕事のために巨額を寝かせておく」設備投資です。稼働しない時間が長ければ採算は合わない。だからこそ各社は発注に慎重になり、結果として船団全体が老いていく。この負の循環が、いま世界のインフラを足元から脅かしています。 ## 南太平洋やアフリカ西岸が「修理過疎地」になる構図 修理船の配備には、はっきりとした地理的な偏りがあります。船の多くは欧州とアジア太平洋に集中し、南太平洋やアフリカ西海岸、南米沿岸では対応が後手に回りがちです。 紅海でケーブルが損傷したときには、わざわざ欧州から修理船を派遣する必要があり、現場に着くまで数週間のリードタイムが生じました。ケーブルが密集する海域でこれだけ待たされるのですから、船の少ない海域ではなおさらです。一本のケーブルに頼る島嶼国にとって、その断線は国全体のインターネット遮断に直結します。 ## 速く敷くより、速く駆けつける時代へ 日本近海は、この問題では比較的恵まれた立場にあります。NTTワールドエンジニアリングマリンをはじめとする事業者が修理船を運用し、アジア太平洋の厚い船団に支えられているためです。とはいえ、それは世界全体が安全であることを意味しません。 私たちが当たり前に使う動画も通話も決済も、その大半は数十隻の老朽船が守る細い綱の上を渡っています。ケーブルそのものの技術は年々進化し、光ファイバー1本で運べる容量は飛躍的に伸びました。一方で、それを直す船と人の手当ては置き去りにされたままです。 次に問われるのは、海底ケーブルをどう速く敷くかではありません。切れたとき、誰がどれだけ早く駆けつけられるか。船団の世代交代を誰が担うのか——通信インフラの次の10年は、おそらくこの一点に懸かっています。

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海底ケーブルケーブル修理船通信インフラ