海底ケーブルが切れたら?深海を走るネット通信99%の生命線
世界のインターネット通信の99%は、地球を網の目のように覆う海底ケーブルによって支えられています。もし、このケーブルが切れたら私たちの生活はどうなるのか。実は、1999年に運用を開始した太平洋横断ケーブルがいまだ現役で稼働する一方で、Googleのような巨大IT企業は同じルートに新たなケーブルを次々と建設しています。この一見矛盾した動きの裏には、デジタル社会を支えるための緻密な戦略が隠されているのです。本記事では、深海に眠るこの巨大インフラの仕組みから、その未来までを解き明かします。
## 太平洋を25年走り続ける「ご長寿ケーブル」の秘密
茨城県の阿字ヶ浦と三重県の志摩から、太平洋を越えてアメリカ西海岸まで。全長約21,000kmに及ぶ海底ケーブル「PC-1(Pacific Crossing-1)」が運用を開始したのは1999年のことでした。25年以上が経過した今も、このケーブルは日本の国際通信を支える重要な幹線として稼働し続けています。なぜ、これほど古いケーブルが現役でいられるのでしょうか。
その答えは、絶え間ない技術革新にあります。ケーブルの寿命は一般的に25年とされますが、それはケーブルそのものの物理的な耐久性の話。通信容量を決めるのは、ケーブルの両端にある陸揚げ局の送受信装置です。この装置を最新のものに交換することで、1本の光ファイバーに通せる情報量を劇的に増やすことができます。PC-1も当初の設計容量は7.68Tbpsでしたが、複数回のアップグレードを経て、今もなおその役割を果たしているのです。
もちろん、2024年に運用開始予定の最新ケーブル「JUNO」が持つ360Tbpsという容量と比べれば、その差は歴然。しかし、通信インフラの世界では、ただ新しければ良いというわけではありません。地震や船舶の錨による切断事故に備え、複数の異なるルートを確保しておくこと、すなわち「冗長性」が極めて重要だからです。古いケーブルもまた、この巨大なネットワークの信頼性を担保する貴重な存在。それがご長寿ケーブルが活躍し続ける理由なのです。
## 1秒で映画5万本分?GAFAが拓く「超大容量」時代
古いケーブルが延命する一方で、ITの巨人たちは次世代の超大容量ケーブル建設に巨額の資金を投じています。その代表格がGoogleです。同社は2026年の運用開始を目指し、日本とオーストラリアを結ぶ新たなケーブル「JGA South」の増強計画を進めています。興味深いのは、これが既存の「JGA」ケーブルとほぼ同じルートを通る点です。「なぜ同じ場所に2本も?」という疑問が湧くかもしれません。
その背景にあるのは、クラウドサービスの爆発的な需要増です。Googleは自社のクラウドサービス「Google Cloud」のデータセンターを世界中に配置しており、それらを結ぶ神経網として自前の海底ケーブル網を構築しています。日本とオーストラリアを結ぶ通信量が予測を上回る勢いで増加しているため、既存のケーブルだけでは早晩パンクしてしまう。それが、同じルートに2本目の「バイパス道路」を建設する理由です。
最新のケーブルが持つ容量は、まさに桁違い。例えば、KDDIなどが参画し2013年に運用を開始した「SJC」ケーブルの容量は28Tbpsでしたが、その後継である「SJC2」ではその数倍に達します。これはHD映画数万本をわずか1秒で伝送できるほどの量です。初代と2代目のケーブルが並行して稼働することで、JGAの例と同じく、ルート全体の信頼性も飛躍的に向上します。巨大IT企業による投資は、単なる自社の利益追求だけでなく、インターネット全体の安定化にも貢献しているのです。
## 誰が、いくらで?海底ケーブルの「オーナー」たち
そもそも、この巨大なインフラは誰が所有し、どのように取引されているのでしょうか。その形態は大きく3つに分けられます。
一つ目は、NTTやKDDIといった世界中の通信事業者が共同で出資して建設する「コンソーシアム」型です。2012年に完成したアジア横断ケーブル「ASE」などがこれにあたり、多くの事業者が参加することで巨額の建設コストを分担します。
二つ目が、先述したGoogleのように、特定の企業が単独で所有する「プライベートケーブル」です。自社のデータセンター間の膨大な通信を安定して賄うため、2010年代後半からGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)による建設が急増しました。
そして三つ目が、少し特殊な「IRU(Indefeasible Right of Use)」という権利の購入です。これは、ケーブルの所有権そのものではなく、特定の容量(光ファイバー心線など)を15年から25年といった長期間にわたって独占的に使用する権利を指します。いわば「海底ケーブルの分譲マンション」のような仕組みで、コンソーシアム型ケーブルで容量を売買する際の標準的な取引形態です。金額は容量や区間によって数十億円から数百億円にものぼり、企業にとっては自前で建設するより低コストで国際回線を確保できるメリットがあります。
## アジアの経済成長を支えた「高速道路」
2010年代初頭、アジア地域はスマートフォン普及の波に乗り、経済成長とともに通信需要が爆発的に増加しました。この需要に応えるため、数々の新しい海底ケーブルが計画されました。その一つが、日本からシンガポールまで約7,800kmを結んだ「ASE(Asia Submarine-cable Express)」です。
その名の通り「Express(急行)」を謳ったこのケーブルは、従来のケーブルが多くの国を経由していたのに対し、主要都市間を可能な限り直線的に結ぶことで通信の遅延を最小限に抑える設計が特徴でした。これにより、金融取引やオンラインゲームなど、わずかな遅延が命取りになるサービスにとって不可欠なインフラとなったのです。
ASEはフィリピンやマレーシアにも陸揚げされており、これらの国々のデジタル経済の発展にも大きく貢献しました。インターネットへの高速アクセスは、新たなビジネスを創出し、人々の生活を豊かにする基盤となります。ASEや、同時期に建設された「SJC」のようなケーブルは、まさに2010年代のアジアの成長を支えたデジタル・シルクロードだったと言えるでしょう。
## 深海から宇宙へ?通信インフラの次なる戦場
私たちのデジタルライフを根底から支える海底ケーブル。その重要性は、今後ますます高まっていくはずです。しかし、その未来は安泰というわけではありません。ケーブルの敷設ルートが特定の海域に集中することは、地政学的なリスクを高めます。例えば、Googleの「JGA South」が経由するグアムは、米軍の重要な戦略拠点。万が一、紛争などでケーブルが意図的に切断されれば、一国の通信網が麻痺し、安全保障上の深刻な脅威となりかねません。
一方で、技術の世界では新たな競争相手も登場しています。イーロン・マスク氏率いるスペースX社の「スターリンク」に代表される、低軌道衛星コンステレーションです。上空から地球全土をカバーする衛星通信は、山間部や離島など、ケーブルを敷設しにくい地域にインターネットを届ける画期的なソリューションです。
では、いずれ海底ケーブルは不要になるのでしょうか。専門家の視点から見れば、その答えは明確に「ノー」です。衛星通信の容量は飛躍的に向上したとはいえ、光ファイバーで結ばれた海底ケーブルの伝送容量、安定性、そしてビットあたりのコスト優位性は、当面揺らぐことはありません。むしろ、深海のケーブル網と宇宙の衛星網が互いに補完し合うことで、より強靭なグローバル通信インフラが形成されていく。それが、これからの10年、20年の姿でしょう。私たちが普段意識することのない深海の底で、そして遥か上空の宇宙で、世界のコミュニケーションを支える競争と協調は、これからも続いていくのです。
この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。
よくある質問
- 海底ケーブルが切れたらインターネットは使えなくなりますか?
- 完全に使えなくなることは稀です。通信は自動的に別のケーブルに迂回されますが、一部地域で通信速度が遅くなるなどの影響が出る可能性があります。世界中の通信は複数のルートで冗長化されているためです。
- 海底ケーブルの寿命はどのくらいですか?なぜ交換しないのですか?
- 設計上の物理的な寿命は25年程度です。しかし、ケーブル本体ではなく両端の送受信装置を更新することで通信容量を増強できるため、古いケーブルもバックアップ用として現役で使われ続けることが多くあります。
- 海底ケーブルの所有権は誰が持っていますか?
- 主に3つの形態があります。複数の通信会社が共同所有する「コンソーシアム」、Googleなどの巨大IT企業が単独所有する「プライベートケーブル」、そしてケーブル容量の一部を長期契約で購入する「IRU」という権利です。
出典
- 資料1: PC-1ケーブル解説: PC-1ケーブルのルート(阿字ヶ浦・志摩からカリフォルニア・ワシントン、約21,000km)、1999年の運用開始、初期仕様7.68Tbps、NTTによる単独事業という背景
- 資料1: PC-1ケーブル解説: 最新ケーブルJUNOの容量360Tbpsとの比較
- 資料2: ASEケーブル解説: ASEケーブルのルート(丸山からシンガポール、約7,800km)、2012年の建設背景、容量40Tbps以上、「Express」という名称の意味
- 資料3: IRUとは: IRUの定義、一般的な契約期間(15〜25年)、金額(数十億〜数百億円)、コンソーシアム型ケーブルでの標準的な取引形態であること
- 資料4: JGA Southケーブル解説: JGA Southケーブルのルート(志摩からシドニー、約9,500km)、2026年運用開始見込み、Googleが建設する理由(容量不足・冗長性)、グアムを経由する地政学的意義
- 資料5: SJCケーブル解説: SJCケーブルの2013年当時の技術水準(28Tbps)、後継のSJC2との並行稼働による冗長性向上