建造費200億円、海底ケーブル敷設船の全貌

建造費200億円、海底ケーブル敷設船の全貌

基礎から押さえる

建造費は1隻あたり1〜2億ドル、受注から竣工まで2〜3年。ケーブル敷設船(Cable Ship, CS)は「海のスペースシャトル」と称されるほど高度な技術の塊だが、世界に存在するのはわずか約60隻。今この瞬間も、誰かがメッセージを送るたびに深海を走るケーブルが信号を運んでいる。そのインフラを敷いたのは、ほんのひと握りの特殊な船だった。 ## 世界60隻、大洋横断能力を持つのは20隻だけ ケーブル敷設船全体の隻数は約60隻とされるが、その大半は沿岸部での保守・修理が主任務だ。太平洋横断や大西洋横断といった大規模プロジェクトを担える本格的な敷設能力を持つ船は、世界でわずか20隻程度に限られる。 この少数の船を運用するのは、ほぼ4社に絞られる。米国のSubComは世界最大の敷設企業で、「Reliance」クラスの大型船を擁して太平洋・大西洋の主要プロジェクトを手がける。日本のNECはケーブル製造から敷設まで一貫して対応し、アジア太平洋を主戦場とする。フランスのASN(Alcatel Submarine Networks、Nokia傘下)は欧州〜アフリカ〜アジアのルートに強く、英国のGlobal Marine Groupは修理・保守専業として老舗の地位を保つ。 ## 直径20m、8,000km分のケーブルを収める巨大タンク ケーブル敷設船を一般の貨物船と根本的に違うものにしているのが、船体中央に設けられた**ケーブルタンク**だ。直径20m以上の円形タンクにケーブルがコイル状に巻き収められ、大型船では1回の航海で8,000km以上を積載できる。地球の外周が約40,000kmだから、単純計算で約5分の1に相当する長さを1隻で運ぶ計算になる。 太平洋横断ケーブルの全長はおよそ10,000〜15,000km。ケーブルタンクの容量によっては1〜2回の航海で全区間を敷設できることもある。途中での接続作業が必要になるケースも多く、継ぎ足し箇所の精度が船の技術力を左右する。 船尾には「シーブ」と呼ばれる大型滑車が設置され、ケーブルを海中へ繰り出す。深海に沈んだケーブルは自重だけで数十トンの張力が発生するため、張力をリアルタイムで計測しながら船速とブレーキ力を自動制御するシステムが不可欠だ。わずかな制御のズレが断線事故につながりかねない。 ## GPSとスラスターで保つ「数メートル単位」の位置精度 敷設中の船は、精密さという点で宇宙船の制御に近い問題に直面する。ケーブルに過度な張力をかけないため、風・波・潮流に抗いながら船の位置を数メートル単位で保ち続けなければならない。 これを実現するのがDP(ダイナミックポジショニング)システムだ。GPS・ジャイロスコープ・風向計・潮流計のデータを統合し、船首・船尾・船底のスラスターを自動制御して船位を維持する。風速20m/s、波高3mでも定位置を保てるのが、現代のDPの実力だ。 中継器(リピーター)の投入局面は、とりわけ神経を使う。直径1m以上、重量数百kgの中継器を正確な計画位置に沈めるため、船は事実上「海上に静止」する必要がある。数百億円規模のプロジェクトにおいて、中継器の設置精度はシステム全体の信頼性を左右する。 ## 2〜3ヶ月の航海、80名が昼夜交代で働き続ける 太平洋横断ケーブルの敷設には2〜3ヶ月を要する。乗組員は80〜120名。24時間3交代制で作業が続き、ケーブル繰り出しは1秒たりとも止められない。 陸から1,000km以上離れた洋上での長期生活は、精神的な負担が重い。かつては衛星電話でしか家族と連絡できなかった。ところがStarlinkの普及で船上のインターネット環境が劇的に改善された——自分たちが海底に敷いているケーブルの競合サービスのおかげで連絡が取れるようになった、という皮肉な現実だ。船内には食堂・娯楽室・ジムが完備されているが、それでも数ヶ月の洋上生活は独特の過酷さを持つ。 ## 日本近海を守る2隻、30本超のケーブルを陸揚げするハブの実態 日本には30本以上の海底ケーブルが陸揚げされており、アジア最大級のハブとして機能している。これだけの規模を維持するには、保守・修理専用の船団が欠かせない。 NTTワールドエンジニアリングマリンは「きずな」「すばる」の2隻を運用し、日本近海のケーブル保守を担う。傷んだ区間を特定し、水深数千mからケーブルを引き上げて修理する技術は高度な専門知識を要する。海底ケーブルの障害原因で最多とされるのは漁船のアンカーによる損傷で、漁業が盛んな日本近海ではこのリスクが特に高い。 ## 需要は増えても増やせない、60隻が担う「インフラの瓶首」 GoogleやMetaなどのハイパースケーラーが自社資金で大洋横断ケーブルを発注するケースが増え、敷設船の需要は増加傾向にある。しかし建造に2〜3年かかる特殊船をすぐ増やすことはできない。 光ファイバー技術の進化により、最新のケーブルは1本のファイバーペアで毎秒数百テラビット以上を伝送するシステムも登場している。より高容量のケーブルを、より少ない中継器で長距離に敷設するには、これまで以上の精度が要求される。世界のデジタルトラフィックが指数関数的に増え続ける中、海底に眠る光ファイバーを支えるこの60隻の特殊船団こそが、その成長を物理的に支える最後のボトルネックだ。

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出典

ケーブル敷設船海底ケーブル海洋インフラSubComNECダイナミックポジショニング