海底ケーブルはなぜ0.06秒で太平洋を渡れるのか
太平洋を横断するデータが、東京からロサンゼルスまで届くのにかかる時間はわずか0.06秒。地球の裏側で起きた出来事が、ほぼ同時にあなたのスマートフォンへ流れ込む――その通信の99%以上を支えているのが、海の底に沈む一本のケーブルです。衛星ではありません。私たちのインターネットは、文字どおり海底を走る光によって成り立っています。
海底ケーブルがなぜこれほど速く、これほど大量のデータを運べるのか。その答えは、データを光に変え、極細のガラスに閉じ込め、四半世紀ものあいだ沈黙し続ける中継器でよみがえらせるという、一連の精密な仕組みにあります。
## データが光に変わる瞬間—トランスポンダーの役割
私たちが送るテキストも画像も動画も、コンピュータの世界ではすべて「0」と「1」のビット列です。このビット列を、陸上の通信局に置かれたトランスポンダーがレーザー光のオン・オフへと翻訳します。光が点けば1、消えれば0。これが海を渡る言語の正体です。
ここで効いてくるのが波長多重(WDM)という技術。1本の光ファイバーに、波長をわずかずつずらした100種類以上の光信号を同時に通します。虹が赤から紫まで連続しているように、通信用レーザーも色を細かく分けることで、1本のガラスへ何本もの通信路を束ねられるのです。1チャネルあたりの速度は、いまや400Gbpsから800Gbpsに達しています。
## 髪の毛の8分の1のガラスを光が秒速20万kmで走る
光が走る道、つまり光ファイバーの芯は直径わずか9マイクロメートル。髪の毛のおよそ8分の1という細さです。光はこの極細のガラスの内側で全反射を繰り返しながら、外へ漏れることなく前へ進みます。
その速度、秒速およそ20万km。真空中の光速の3分の2ほどに落ちますが、それでも東京からロサンゼルスまでの約9,000kmを45ミリ秒、つまり0.045秒で駆け抜けます。冒頭の0.06秒という数字は、この光の旅にトランスポンダーの処理などが加わったものです。
ケーブルの中では、送信用と受信用の2本を1組にしたファイバーペアが基本単位。最新の太平洋横断ケーブルは、このペアを12から24組も束ねています。1本のケーブルがいかに膨大な通信を同時にさばいているか、ここから見えてきます。
## 60kmごとの中継器が弱った光をよみがえらせる
光は強そうに見えて、長旅には弱い。ガラスの中を進むうちに1kmあたり約0.2デシベルずつ減衰し、数千kmも走れば信号は消えかけてしまいます。これを防ぐため、海底には約60〜80kmおきに中継器が据えられています。
中継器の心臓部は、EDFA(エルビウム添加ファイバー増幅器)と呼ばれる光増幅器です。エルビウムという希土類元素を混ぜた特殊なファイバーにポンプレーザーを当てると、弱った信号光がそのエネルギーを吸い取って力を取り戻す。肝になるのは、信号を電気に戻さず光のまま増幅する点です。変換の手間を省くからこそ、超高速かつ大容量の伝送が崩れずに保たれます。
太平洋を横断する1本のケーブルには、こうした中継器が100基以上も連なります。すべて海底からの給電で動き、設計上の寿命は25年。一度沈めたら四半世紀、人の手を借りずに働き続ける前提でつくられているのです。
## 千倉・志摩・北九州—日本の20カ所以上の陸揚げ局
海を渡りきったケーブルは、陸揚げ局(Cable Landing Station)で地上のネットワークへ接続されます。日本では千葉県の千倉、三重県の志摩、そして北九州など、20を超える地点にケーブルが上陸しています。
陸揚げ局の役目は接続だけではありません。ここに置かれたPFE(給電装置)が、海底に並ぶ何十基もの中継器へ電力を送り込んでいます。その電圧は最大15,000Vの直流。陸の一点から数千km先の海底機器までを、一筋の電流が支えているわけです。復調された光信号は、ここから国内の通信事業者やデータセンターのネットワークへと引き渡されていきます。
## 海底ケーブルが映す、これからの通信の重心
一本のガラスと、海底に沈む鉄の筒。こうした地味な物理の集合体が世界の通信の99%を担っているという事実は、宇宙へ目を向けがちな私たちの直感を静かに裏切ります。低軌道衛星による通信が広がりつつある今も、大陸間の大容量データはなお海底が主役なのです。
次に海外の動画を再生するとき、その映像は人工衛星ではなく、暗い海の底を光となって渡ってきたものかもしれません。0.06秒の裏側に、9マイクロメートルのガラスと25年沈黙する中継器がある。そう知るだけで、画面の向こうの世界が少しだけ近くなります。
この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。
よくある質問
- 海底ケーブルはどうやってデータを送っているの?
- 光ファイバーの中をレーザー光の点滅で0と1のデジタル信号を送っています。1本の光ファイバーに波長の異なる光を100以上重ねて同時に伝送するWDM技術により、1本のケーブルで数百Tbpsの大容量通信が可能です。
- 海底ケーブルの中継器はどうやって動いている?
- 陸揚げ局から海底ケーブルに沿って直流の電力を供給しています。約60〜80km間隔で設置された光増幅器(EDFA)はこの給電で動作し、25年間メンテナンスフリーで稼働します。
- 海底ケーブルと衛星通信、どっちが速い?
- 海底ケーブルの方が高速・大容量です。光ファイバーの遅延は太平洋横断で約0.06秒。Starlinkなどの衛星は遅延が数十ms多く、総帯域も海底ケーブル1本分に及びません。ただし、ケーブルが届かない地域では衛星通信が唯一の手段です。
出典
- ISCPC: 海底ケーブルの技術的仕組み