海底ケーブル費用は数千億円?深さ8000mの真実

海底ケーブル費用は数千億円?深さ8000mの真実
国際通信の実に99%は、太平洋や大西洋の深海に張り巡らされた光ファイバーケーブルによって成り立っている。人工衛星が飛び交うイメージとは裏腹に、私たちが日常的に使うインターネット、動画配信、国際電話のほとんどは、地球の海底を這う物理的な線によって支えられているのだ。その総延長は地球を30周する120万km以上。この記事では、私たちのデジタル社会の根幹をなす、この巨大インフラの驚くべき実態を、費用、深さ、そして日本の役割という3つの視点から解き明かしていく。 ## 1本数千億円、巨大プロジェクトのコスト構造 海底ケーブルの敷設は、国家規模の予算が動く巨大プロジェクトだ。例えば、日本と米国、東南アジアを結ぶ大規模なケーブルシステムでは、総工費が500億円から1000億円に達することも珍しくない。一体、その費用の内訳はどうなっているのか。 コストの大部分を占めるのは、大きく分けて4つ。まず、ケーブルそのものの製造費。髪の毛ほどの細さの光ファイバーを束ね、銅管やポリエチレン、鉄線などで幾重にも保護した特殊なケーブルは、非常に高価である。次に、数ヶ月から1年にも及ぶ海洋調査の費用。海底の地形、地質、水温、海流などを精密に調査し、最も安全で効率的なルートを決定する。この事前調査がプロジェクトの成否を分ける。 そして、最大のコスト要因が「敷設船」の運用費だ。ケーブルを数千kmにわたって敷設できる特殊船は世界でも数えるほどしかなく、そのチャーター費用は1日あたり数千万円にのぼる。最後に、ケーブルが陸に上がる「陸揚げ局」の建設費。ここは海底と陸上のネットワークを接続する心臓部であり、高度なセキュリティと安定した電源が求められるデータセンターの一種だ。 かつて、こうした莫大な投資はNTTやKDDIといった通信事業者が共同で出資する「コンソーシアム方式」が主流だった。しかし、近年その構図は大きく変化している。Google、Meta(旧Facebook)、Amazonといった巨大IT企業が、自社の爆発的なデータ通信量をさばくため、自らオーナーとなってケーブルを建設する「プライベートケーブル」が急増しているのだ。彼らにとって、安定した超高速通信インフラの確保は、クラウドサービスやAI開発の生命線。もはや通信は、通信会社から買うものではなく、自ら作るものへと変わりつつある。 ## エベレストが沈む深海8,200mへの挑戦 海底ケーブルは、一体どれほどの深さに敷かれているのだろうか。答えは、浅い沿岸部から、世界で最も深い海溝の底まで、あらゆる深度だ。特に日本近海は、世界有数の地震・火山地帯であり、複雑な海底地形を持つ。日本列島を取り囲むように、水深8,000mを超える日本海溝や伊豆・小笠原海溝が横たわっている。 驚くべきことに、ケーブルはこうした海溝の底を越えて敷設される。記録されている最も深い敷設地点は、日本海溝の深さ約8,200mの地点。これは、世界最高峰エベレスト(標高8,848m)がすっぽりと沈んでしまうほどの深さだ。この深度では、1平方センチメートルあたり約820kg、つまり指先に軽自動車が乗るほどの凄まじい水圧がかかる。この過酷な環境に耐えるため、ケーブルは綿密な設計が施されている。 敷設方法は、深さによって異なる。水深1,500m程度までの比較的浅い大陸棚では、漁業の底引き網や船の錨(いかり)による損傷リスクが高い。そのため、「埋設機」と呼ばれる水中ブルドーザーを使い、海底を1〜3mほど掘ってケーブルを埋設する。一方、1,500mを超える深海では、こうした人為的なリスクがほとんどなくなるため、ケーブルは海底の表面にそのまま敷設されることが多い。これを「表面設置」と呼ぶ。 なぜ、わざわざ危険な海溝を越えるルートを選ぶのか。それは、多くの場合、それが通信相手国への最短距離だからだ。地球は丸いため、日本から米国へ最短で結ぶ大圏ルートは、深いアリューシャン海溝などを通過する。通信の遅延を少しでも減らすため、技術者たちは深海の困難に挑み続けている。その姿は、現代における偉大な冒険と言っても過言ではない。 ## 日本は情報の交差点。海底ケーブルマップで見る世界の動脈 海底ケーブルの全体像を視覚的に理解するには、TeleGeography社が公開している「Submarine Cable Map」を見るのが一番だ。地図を覆い尽くす無数の線は、それぞれが独立したケーブルシステムを示している。この地図を見ると、日本が世界のデータ通信網において、いかに重要な「ハブ」であるかが一目瞭然となる。 日本の陸揚げ局は、太平洋に面した千葉県南房総市(千倉)や三重県志摩市、そして日本海側の新潟県などに集中している。特に千倉と志摩は、日本の二大玄関口だ。なぜこれらの場所に集中するのか。それは、東京や大阪といった大都市圏へのアクセスが良く、かつ、巨大地震などの災害時に同時に被災するリスクを分散させるためである。首都直下地震で東京湾岸が機能停止しても、志摩からのルートが生き残る。その逆もまた然り。この冗長性こそが、日本の通信の信頼性を担保している。 日本からは、大きく3方向へケーブルが伸びている。一つは、米国西海岸へ向かう「太平洋横断ルート」。これは日米間の通信、ひいてはアジアと北米を結ぶ大動脈だ。二つ目は、香港、シンガポール、台湾などを結ぶ「アジア域内ルート」。そして三つ目が、ロシアのナホトカなどへ向かう「日本海横断ルート」だ。日本はまさに、アジア、北米、欧州(ロシア経由)を結ぶ情報の十字路なのだ。 近年では、北九州市も新たなハブとして注目を集めている。東京や大阪に比べて災害リスクが低く、韓国や中国、東南アジアへの地理的優位性があるからだ。新たなケーブル計画が次々と発表されており、日本のデータハブとしての地位は、今後さらに重要性を増していくに違いない。 ## 次の戦場は「所有権」、巨大ITが描く未来図 海底ケーブルの世界は、今、大きな転換期を迎えている。その中心にいるのは、前述したGoogleやMeta、Amazon、Microsoftといった巨大ITプラットフォーマーたちだ。彼らがプライベートケーブルの建設を加速する背景には、AIやIoT、5Gによって爆発的に増加するデータトラフィックがある。 彼らのサービスにとって、データの伝送速度と信頼性はビジネスの根幹そのもの。もはや通信事業者のネットワークを「借りる」だけでは、自社が求める品質と容量を確保できなくなった。そこで、自らインフラのオーナーとなり、設計から運用までをコントロールする戦略に舵を切ったのだ。これは、21世紀のゴールドラッシュにも似た、デジタル領域の覇権争いの一環である。 この競争は、新たな技術革新も促している。1本の光ファイバーに複数の「コア」を内蔵し、伝送容量を飛躍的に高める「マルチコアファイバー」技術の実用化も目前に迫る。1本のケーブルで毎秒ペタビット(テラビットの1000倍)級の通信が可能になる日も遠くないかもしれない。 海底ケーブルは、単なる通信線ではない。それは、経済安全保障を左右し、デジタル社会の未来を形作る戦略的なインフラだ。深海に静かに横たわる光の道は、今日も世界中の情報を運び、私たちの生活を静かに、しかし確かに支え続けている。次にあなたが海外のサイトを閲覧するとき、そのデータが深さ8,000mの海底を旅してきたことに、少しだけ思いを馳せてみてほしい。

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海底ケーブル通信インフラ光ファイバーITインフラ