海底ケーブルが切れたら?容量200Tbpsの仕組み
海底ケーブルが1本切れても、インターネットが即座に全面停止することはありません。世界の海には400本を超える海底ケーブルが張り巡らされ、通信は瞬時に別の経路へ迂回するよう設計されているからです。それでも複数の経路が同時に断たれれば、特定の国や地域で通信速度が落ち、金融取引や動画配信に遅延が生じる。直径わずか数センチのこの細い線が、世界中のデータ通信の約99%を背負っているという事実は、もっと知られていい話です。
通信インフラの取材を10年以上続けてきた立場から、海底ケーブルの容量、信号を届ける仕組み、損傷したときの現実、そして1世紀以上前から続く国際ルールまでを順に解き明かしていきます。
## 光ファイバー1本で毎秒200テラビット、その容量を体感する
最新の商用海底ケーブルは、光ファイバー1ペアで毎秒200テラビット(Tbps)を超える情報を伝送します。約5GBの高画質映画に置き換えると、1秒間におよそ5,000本を送り出せる計算。数千万世帯が同時に4K動画を視聴しても、まだ余裕がある容量です。
この桁外れの大容量を支えているのが、1990年代に実用化された波長分割多重(WDM)という技術。1本のファイバーに異なる色の光を同時に通し、それぞれに別の情報を載せます。1車線の道路を色分けして何十車線にも仕立てるイメージが近いでしょう。
近年の主役は空間分割多重(SDM)へ移りつつあります。ケーブルの中に光ファイバーの芯(コア)を何本も束ね、伝送路そのものを物理的に増やす発想です。WDMが車線を増やす技術なら、SDMは高速道路を何本も並べて敷くようなもの。これによりケーブル1本あたりの総容量は跳ね上がりました。世界の通信量が年30〜40%のペースで膨張し続ける以上、容量競争に終わりは見えません。
## 9,000kmを越えて光を届ける「中継器」という縁の下の力持ち
どれほど強い光信号も、ファイバーの中を進むうちに少しずつ弱まります。これを減衰と呼びます。では日本と米国を結ぶ約9,000kmの太平洋横断ケーブルで、信号はどうやって対岸まで届くのか。
答えは中継器(リピーター)です。50〜100kmごとに海底へ沈められ、弱った光を増幅して次の区間へ送り出す。中継器と中継器の間隔をスパン長と呼び、ここに設計者の腕が問われます。スパンを短くすれば品質は上がるものの、中継器の数が増えてコストと故障リスクが膨らむ。長くしすぎれば信号がノイズに埋もれ、通信エラーを招く。コストと品質の最適点を探る、緻密な綱引きです。
太平洋を横断する1本には、中継器が100個以上も数珠つなぎに並びます。電力は陸上の給電局からケーブル自身を通じて供給され、水深数千メートルの過酷な深海で25年以上も稼働し続ける。遠い国と一瞬でつながれるのは、この見えない装置が深海で黙々と光のバトンを渡し続けているからにほかなりません。
## 切れたら何が起きるのか——陸揚げ局と修理船が支える復旧
海底ケーブルが集まる陸の玄関口を陸揚げ局といいます。海から伸びてきたケーブルがここで地上の通信網へ接続され、各家庭やデータセンターへとつながっていく。世界の通信の入口であり出口でもある、地味だが要となる施設です。
切断の原因の多くは、漁船の底引き網や船の錨が海底のケーブルを引っかける事故。海底地震や土砂崩れも無視できません。世界では年間100件を超える損傷が報告されています。1本が切れても通信が迂回できるのは、主要ルートが複数本で冗長化されているおかげ。ただし台湾やトンガのように外部とつながる本数が限られた地域では、複数が同時に断たれると深刻な通信障害に直結します。
修理には専用のケーブル敷設船が現場へ急行し、海底から該当区間を引き上げて接続し直す。深海に沈んだケーブルを探し出して回収する作業は、水深次第で数日から数週間を要する根気のいる仕事です。
## 1884年から続く「ケーブルを切れば罪になる」国際ルール
海底ケーブルを守る国際的な取り組みは、1884年の「海底電信線保護万国連合条約」にさかのぼります。故意または過失によるケーブルの破壊を処罰の対象とした、当時としては先進的な条約でした。インターネットどころか電話すら普及していない電信の時代に、各国が国境を越えてインフラを守る枠組みを築いていた事実には驚かされます。
この精神は現在の国連海洋法条約(UNCLOS)にも引き継がれ、公海上でのケーブル敷設の自由と保護が明記されています。とはいえ広大な海をすべて監視するのは不可能に近く、損傷を未然に防ぐ決め手は今なお存在しません。法の網と現実の海のあいだには、依然として大きな隔たりが残されたままです。
## 海に何本も走らせる理由と、これからの増設競争
通信会社が同じ区間に何本もケーブルを敷くのは、冗長性を確保し、増え続けるデータ需要に応えるためです。1本でも切れたら影響が出る以上、複線化は保険であり、同時に容量の上積みでもある。GoogleやMeta、Amazonといった巨大IT企業が、自社専用のケーブルを次々と建設しているのも同じ理由からです。
クラウドと生成AIの普及で、データセンター間をまたぐ通信量はこれまでの想定を超える速度で伸び続けています。深海に静かに横たわる細い線の上で、世界のデジタル経済は今日も動いている。次にスマートフォンで海外の動画を再生したとき、その信号が深さ数千メートルの海底を通り、100個の中継器に増幅されながら届いていると想像してみてください。普段は誰も意識しないこのインフラこそ、現代社会を文字どおり海の底から支える生命線なのです。
この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。
よくある質問
- 海底ケーブルがもし切れたらどうなるのですか?
- 主要なルートの海底ケーブルが切断されても、すぐに通信が完全に途絶することはありません。多くの通信は、別のルートに敷設された予備のケーブルへ自動的に迂回されるため、利用者はほとんど影響を感じずに済みます。
- 海底ケーブルの修理はどのように行うのですか?
- ケーブルの修理は、「ケーブルシップ」と呼ばれる専用の船が行います。船から遠隔操作の水中ロボット(ROV)を降ろし、切断されたケーブルを掴んで船上まで引き揚げ、船内で接続作業を行った後に再び海底に沈めます。
- 海底ケーブルは誰が所有しているのですか?
- 伝統的に各国の通信事業者が共同で出資する「コンソーシアム」によって所有・運用されてきました。近年では、大量のデータを扱うGoogleやMeta(旧Facebook)などの巨大IT企業が自らケーブル建設に投資するケースも増えています。
出典
- 国連海洋法条約と海底ケーブル保護 ― 海底に沈む無数のケーブルを守る国際法: 第113条では、公海における海底ケーブルの故意または過失による破壊・損傷を「処罰の対象となる犯罪」と明確に定めています。
- 海底ケーブルの伝送容量 ― 1本で何テラビット流れるのか: 現在、商用化されている最先端のケーブルでは、光ファイバー1本のペアで毎秒200テラビット(Tbps)を超える伝送容量が実現されています。
- スパン長とは?海底ケーブルの中継器間隔が通信品質を決める: 海底ケーブルには、およそ50kmから100km間隔でこの中継器が設置されており、弱くなった光信号を再び増幅して次の区間へと送り出す役割を担っています。この中継器と中継器の間の距離を「スパン長」と呼びます。
- 国連海洋法条約と海底ケーブル保護 ― 海底に沈む無数のケーブルを守る国際法: 国際ケーブル保護委員会(ICPC)の報告によれば、ケーブル損傷の3分の2以上は、漁業活動(底引き網など)や船舶の錨(いかり)の投下によって引き起こされています。
- 国連海洋法条約と海底ケーブル保護 ― 海底に沈む無数のケーブルを守る国際法: 最初の国際的な取り組みは、1884年に採択された「海底電信線保護万国連合条約」です。