海底ケーブルはなぜ切れる?世界の通信99%を支える光の道の真実
基礎から押さえる
2023年、台湾とその離島を結ぶ海底ケーブルが、わずか2ヶ月で2度も切断されました。私たちのスマートフォンやPCから発信されるデータの99%以上が、この目に見えない「海底ケーブル」という物理的な線を通っている事実を、普段意識することはほとんどありません。しかしこの光の道は、時に驚くほどあっけなく断たれることがあるのです。この記事では、世界の通信網を根底から支える海底ケーブルの壮大な世界と、その知られざる脆弱性、そして通信を守るための技術の最前線に、長年この業界を取材してきた視点から迫ります。
## 深海8,000mに眠る、地球100周分の光ファイバー網
現代社会の血液ともいえるデータは、一体どこを通っているのか。多くの人は衛星を思い浮かべるかもしれませんが、現実は違います。国際通信の実に99%以上は、深海の底に敷設された海底ケーブルによって支えられています。その総延長は地球を100周する以上に相当する、約140万キロメートル。最も深い場所では、日本海溝の8,000メートルを超える水深にまで達します。
なぜ衛星ではなく、海底ケーブルなのでしょうか。答えは、その圧倒的な「容量」と「速度」にあります。最新のケーブルは、髪の毛ほどの細さの光ファイバー1本で、毎秒200テラビット(HD映画約5万本分に相当)もの情報を伝送可能です。衛星通信に比べて桁違いに大容量で、遅延も極めて少ない。私たちが日常的に楽しむ高画質の動画ストリーミングや、一瞬の遅れが許されない金融取引は、この海底ケーブルなしには成り立ちません。
それはまさに、大陸と大陸を結ぶ情報の巨大なパイプライン。その存在なくして、現代のグローバルな経済活動や文化交流は考えられないのです。
## 光の高速道路を操る「ROADM」という交通整理術
膨大なデータが飛び交う海底ケーブルのネットワークは、ただの土管ではありません。そこには、光の流れを巧みに制御する洗練された技術が詰まっています。その中核を担うのが「ROADM(ロデム)」と呼ばれる装置です。
これを理解するために、光ファイバー網を巨大な高速道路網に例えてみましょう。光ファイバーの中では、「波長分割多重(WDM)」という技術によって、一本のファイバーに虹の色のように異なる波長の光を複数同時に流すことができます。これは、高速道路にたくさんの車線を設けるようなもの。
ROADMの役割は、この光の高速道路における「スマート・ジャンクション」です。従来の分岐装置(OADM)が、特定の出口で降りる車線を物理的に固定していたのに対し、ROADMは管制センターからの遠隔操作で、どの色の光(データ)をどの都市(分岐先)へ向かわせるかを自由自在に変更できます。
この柔軟性こそが、ROADMの真価です。例えば、どこかでケーブルが切断される障害が発生したとします。ROADMがあれば、瞬時に迂回ルートを構成し、通信の途絶を最小限に食い止められる。あるいは、特定の都市でデータ需要が急増すれば、その都市へ向かう光の帯域を増やすといった調整も可能です。この遠隔制御を実現しているのが、特定の波長の光だけを選択してスイッチングするWSS (Wavelength Selective Switch) という基幹部品です。
近年では、どのポートからでも任意の波長を追加・分岐できるCDC-ROADMへと進化し、ネットワークの柔軟性はさらに向上しています。目に見えない光の交通整理術が、私たちの安定した通信を陰で支えているのです。
## 台湾沖で頻発するケーブル切断、その知られざる原因
技術がいかに進化しても、海底ケーブルが物理的なモノである以上、切断のリスクは常につきまといます。その現実が最も顕著に現れている場所の一つが、台湾周辺の海域です。
台湾の離島・馬祖島と本島を結ぶケーブルは、過去5年間で30回近くも切断されたと報告されています。特に2023年には、わずか2ヶ月の間に2本のケーブルが相次いで切断され、島内の通信に深刻な影響を及ぼしました。
主な原因として指摘されているのが、中国の漁船や砂利採取船によるものです。船が投下した錨がケーブルを引っ掛けたり、海底をさらう底引き網がケーブルを損傷させたりする事故が多発しているのです。偶然の事故とされていますが、その頻度の高さから、台湾側では意図的な破壊行為への懸念も燻っています。
自然災害も大きな脅威です。2006年に台湾南部で発生した大規模な地震では、複数の海底ケーブルが同時に切断され、アジア全域のインターネット通信に大規模な障害を引き起こしました。この事件は、特定のエリアにケーブルが集中することの危険性を世界に知らしめる教訓となりました。
通信の9割以上を海底ケーブルに依存する台湾にとって、その切断は経済活動や安全保障に直結する死活問題。日本にとっても、台湾を経由する国際通信ルートは複数存在するため、決して他人事ではありません。インターネットの脆弱性は、サイバー空間だけでなく、物理的な海底にも存在するという事実。私たちはその現実を直視する必要があります。
## 巨大テック企業が拓く新航路「NCPケーブル」の野望と現実
海底ケーブルは、もはや通信事業者だけのものではありません。Google、Meta、Amazon、そしてMicrosoftといった巨大テック企業が、自らケーブルの建設に巨額の投資を行う時代になりました。その象徴的なプロジェクトの一つが、2018年に稼働を開始した「New Cross Pacific(NCP)ケーブル」です。
このケーブルは、日本の千葉県南房総市から韓国、台湾、中国を経由し、米国のオレゴン州までを結ぶ、総延長約13,000kmの光の幹線。そのコンソーシアムには、Microsoftや日本のソフトバンクに加え、中国のChina Telecomなど、米・日・中・韓・台の企業が名を連ねました。設計容量70Tbpsという当時最高クラスのスペックを誇り、急増する太平洋間のデータトラフィックを支える新たな大動脈として期待されたのです。
なぜテック企業が自らケーブルを敷設するのか。それは、世界中に散らばる自社の巨大データセンター間を、安定的かつ大容量のネットワークで結ぶ必要があるからです。彼らにとって、通信インフラはビジネスの生命線そのもの。他社に依存するのではなく、自らコントロールしたいという強い意志の表れと言えるでしょう。
しかし、NCPケーブルが計画された2010年代半ばと現在では、国際情勢が大きく変化しました。かつては協力関係にあった米中の対立は先鋭化し、データ通信の経路上に中国の拠点が介在することへの安全保障上の懸念が米国で高まっています。NCPのような多国間協力で生まれたインフラが、地政学的な緊張の中で複雑な立場に置かれている。これもまた、海底ケーブルを取り巻く現代的な課題なのです。
## 見えないインフラを守る、次なる一手は何か
私たちのデジタル社会が、いかに物理的で脆弱なインフラの上に成り立っているか。台湾沖のケーブル切断は、その事実を突きつけます。では、この見えない生命線を守るために、私たちは何をすべきなのでしょうか。
一つの答えは、ルートの「多様化」です。特定の海域や陸揚げ局にケーブルが集中するリスクを避け、地理的に離れた複数のルートを確保することで、一箇所で障害が起きてもネットワーク全体が麻痺する事態を防ぎます。これは、国や企業の垣根を越えた国際的な調整が不可欠な、地道で息の長い取り組みです。
もう一つは、「宇宙」との連携です。イーロン・マスク率いるStarlinkのような低軌道衛星通信コンステレーションは、地上インフラが破壊された際のバックアップとして、その価値を増しています。大容量・低遅延の面では依然として海底ケーブルに軍配が上がりますが、両者を組み合わせることで、より強靭な通信ネットワークを構築できる可能性を秘めているのです。
地政学的リスクがかつてなく高まる現代において、海底ケーブルの安定運用は、単なる一企業のビジネスや技術の問題ではありません。それは国家の経済と安全を左右する、極めて重要なインフラ戦略そのもの。深海に眠る光の道をいかに守り、育てていくか。その問いは、デジタル時代に生きる私たちすべてに投げかけられています。
この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。
よくある質問
- 海底ケーブルはなぜ衛星通信より重要なのですか?
- 海底ケーブルは衛星に比べて、通信できる情報量が桁違いに大きく、遅延も少ないためです。世界の国際通信の99%を担っており、大容量データ通信が不可欠な現代社会の基盤となっています。
- 海底ケーブルの修理はどうやって行うのですか?
- ケーブル敷設船が現場海域へ向かい、遠隔操作の無人潜水機(ROV)で切断箇所を特定します。その後、ケーブルを船上に引き上げて損傷部分を修復し、再び海底に沈めます。修理には数日から数週間かかることもあります。
- 日本のインターネットも海底ケーブルが切れると影響がありますか?
- はい、大きな影響があります。日本は多くの国と海底ケーブルで繋がっており、1本が切れても他のルートで通信を確保しますが、台湾沖のように複数のケーブルが集中する場所で大規模な障害が起きると、通信速度の低下や一部サービスの不安定化につながる可能性があります。
出典
- 資料1: ROADMとは?光ネットワークの柔軟性を支える技術を解説: ROADMの技術解説に関する情報
- 資料2: 台湾の海底ケーブル切断問題 ― 繰り返される切断の背景と国際的な懸念: 台湾周辺の海底ケーブル切断に関する情報
- 資料3: NCPケーブル解説 ― MicrosoftとSoftBankが敷設した日韓台中米5国を繋ぐ幹線: NCPケーブルに関する情報