海底ケーブルの歴史 — 1858年の電信ケーブルから現代の光ファイバーまで170年の進化

海底ケーブルの歴史は、失敗と挑戦の連続だ。170 年前に始まったこの物語を、エポックメイキングな出来事とともに振り返ろう。

1858 年 — 最初の大西洋横断ケーブル

アメリカの実業家サイラス・フィールドは、大西洋を横断する電信ケーブルの敷設に挑んだ。イギリスとアメリカを結ぶケーブルの全長は約 3,200km。4 回の失敗を経て、1858 年 8 月 16 日にヴィクトリア女王からブキャナン大統領に祝電が送られた。しかし、ケーブルは 3 週間で故障した。絶縁材料の劣化と、信号増幅のために高電圧をかけすぎたのが原因だった。

1866 年 — 恒久的なケーブルの完成

フィールドは諦めなかった。絶縁材料と設計を改良し、世界最大の蒸気船「グレート・イースタン号」を使って 1866 年に再挑戦。今度は成功し、恒久的な大西洋横断通信が確立された。電報 1 通の料金は 1 語 5 ドル(現在の約 100 ドル)——超高級通信だった。

1956 年 — TAT-1: 初の電話用海底ケーブル

それまでの海底ケーブルは電信(モールス信号)専用だったが、TAT-1 は初めて音声通話を可能にした大西洋横断ケーブルだ。同軸ケーブルで 36 回線を同時に処理。電話料金は 3 分 12 ドル(現在の約 130 ドル)と庶民には手が届かない価格だった。

1988 年 — TAT-8: 光ファイバーの幕開け

TAT-8 は世界初の大西洋横断光ファイバーケーブルだ。伝送容量は 280Mbps——同軸ケーブルの TAT-7(4,000 回線)の 10 倍以上にあたる 40,000 回線。光ファイバーの圧倒的な帯域が実証され、以降すべての新規海底ケーブルは光ファイバーとなった。

1996 年 — FLAG: 世界一周プロジェクト

FLAG(Fiber-Optic Link Around the Globe)は全長 28,000km で、イギリスから地中海、紅海、インド洋を経由して日本まで結んだ。アジアとヨーロッパを直結する初のケーブルとして、インターネット時代のグローバル通信の礎を築いた。

2000 年代 — ドットコムバブルと大量敷設

インターネットの爆発的な普及を見込んで、1990 年代末〜2000 年代初頭に大量の海底ケーブルが敷設された。しかしバブル崩壊後、多くのケーブル会社が倒産。余剰容量が発生し、通信料金は劇的に下がった(消費者にとっては良いことだった)。

2010 年代 — ハイパースケーラーの時代

Google、Meta、Amazon、Microsoft が自社でケーブルを建設するようになった。従来は通信事業者のコンソーシアム(共同体)がケーブルを建設していたが、テック大手のデータ需要は既存ケーブルだけでは賄えなくなった。Google の Curie、Meta の 2Africa など、プライベートケーブルが急増。

2025 年 — 360Tbps の時代

NTT/NECJUNO が 360Tbps で運用開始。1858 年の最初のケーブル(約 10bps)から 約 36 兆倍の容量になった。そしてマルチコアファイバー技術の研究では、1 本のケーブルで ペタビット(1,000Tbps)級の伝送に成功している。海底ケーブルの進化は、まだ終わっていない。

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出典

歴史大西洋横断TAT-1TAT-8光ファイバーFLAG進化