海底ケーブルの寿命は25年?深海8000mを走る光の道
基礎から押さえる
世界中のインターネット通信の99%は、総延長140万キロメートル、地球35周分にも及ぶ海底ケーブル網に依存しています。あなたが今見ているこの記事のデータも、海外のサーバーから光の速さで海底を駆け巡り、手元のデバイスに届いているのです。この巨大インフラは、水深8000メートルを超える漆黒の深海にも張り巡らされていますが、その設計寿命がわずか25年だという事実はあまり知られていません。物理的な耐久性がありながら、なぜ四半世紀で「引退」を迎えるのか。そこには、技術革新の凄まじいスピードと、経済合理性が絡み合う通信業界の現実がありました。
## 太平洋を横断する情報のハイウェイ
スマートフォンで高画質の動画を遅延なく楽しめたり、海外の同僚と円滑にビデオ会議ができたりするのは、ひとえに海底ケーブルのおかげです。人工衛星を使えば無線で通信できるのでは、と思うかもしれません。しかし、衛星通信は遅延が大きく、伝送できるデータ容量も海底ケーブルに遠く及びません。最新の海底ケーブルは、光ファイバー1本のペアだけで毎秒数百テラビットという、家庭用光回線の数百万倍もの情報を伝送する能力を持つのです。
この圧倒的な大容量・高速・安定性こそが、海底ケーブルが国際通信の主役であり続ける理由。それはまさに、大陸と大陸を結び、現代のグローバル社会を支える情報のハイウェイそのものです。
## 設計寿命25年、技術革新がもたらす宿命
頑丈な被覆で守られ、水圧や水温の変化が少ない深海に静かに横たわる海底ケーブル。物理的には50年以上持つとも言われますが、その設計寿命は「25年」が業界標準となっています。[引用: 資料1, 2]
この短命の最大の理由は、物理的な劣化ではなく「技術の陳腐化」です。光ファイバー通信技術の進歩はあまりに速く、数年ごとに伝送容量は倍増していきます。25年も経てば、当時の最新鋭ケーブルは、新しいケーブルに比べて著しく性能が劣る「時代遅れ」のインフラになってしまうのです。
例えば、1996年に運用を開始した日米間のケーブル「TPC-5CN」の設計容量は5ギガビット/秒でした。それから約20年後、2018年に稼働した日米間の「JUPITER」ケーブルの初期設計容量は60テラビット/秒。その差は実に12,000倍にもなります。古いケーブルを維持し続けるよりも、莫大なコストをかけてでも新しいケーブルを敷設した方が、単位あたりの通信コストが劇的に下がり、経済合理性が高い。これが、25年という更新サイクルを生み出す根本的なメカニズムなのです。
## 水深8,000m超え、日本海溝を越える敷設技術
海底ケーブルは、ただ海底に沈めているわけではありません。特に日本周辺は、世界有数の複雑で険しい海底地形を持っています。水深8,000メートルを超える日本海溝や伊豆・小笠原海溝を越えて、ケーブルは敷設されているのです。[引用: 資料3]
敷設ルートの選定には、海底火山や地滑りのリスクが少ない、比較的平坦な場所が慎重に選ばれます。ケーブルの保護方法も、水深によって大きく異なります。
水深2,000メートルより浅い大陸棚では、漁船の底引き網や大型船の錨(いかり)による切断リスクが非常に高まります。そのため、ケーブル敷設船から「水中ブルドーザー」とも呼ばれる埋設機を海底に下ろし、海底を1〜3メートルほど掘ってケーブルを埋設するのです。一方、人の活動の影響がほとんどない深海では、ケーブルは基本的に海底面にそのまま設置されます。[引用: 資料3] これを「表面敷設」と呼びます。漆黒の深海で、ケーブルはただ静かに横たわり、光の信号を運び続ける。その光景は、人間の技術力の結晶と言えるでしょう。
## 数百億円の投資、誰が海底ケーブルを所有しているのか
太平洋を横断するような長距離の海底ケーブル建設には、数百億円から時には1,000億円を超える巨額の投資が必要です。かつて、こうしたプロジェクトはNTTやKDDI、AT&Tといった世界中の通信事業者が共同で出資する「コンソーシアム」形式が主流でした。
しかし、この10年で状況は一変します。Google、Meta(旧Facebook)、Amazon、Microsoftといった「GAFAM」に代表される巨大IT企業が、自ら海底ケーブルの建設に乗り出すようになったのです。彼らは自社のクラウドサービスやSNS、動画配信プラットフォームで発生する膨大なデータを、世界中に張り巡らせたデータセンター間でやり取りする必要があります。他社のインフラを借りるより、自前で所有した方がコストを抑えられ、通信品質をコントロールしやすい。そうした経営判断が、彼らを深海への投資へと駆り立てています。通信インフラの勢力図は、今やITジャイアントたちによって塗り替えられつつあるのです。
## 役目を終えたケーブルの意外な第二の人生
では、25年の役目を終えた海底ケーブルはどうなるのでしょうか。撤去には莫大な費用がかかり、海底の生態系を乱す可能性もあるため、その多くは通信機器を取り外した上で、そのまま海底に残されます。[引用: 資料1, 2] 深海の底で、静かに眠りにつくのです。
しかし近年、この「退役ケーブル」を科学の力で目覚めさせようという、画期的な取り組みが始まっています。ケーブル内に残された光ファイバーを、地震計や津波計、水温計といったセンサーネットワークとして再利用する「サイエンスケーブル」という構想です。[引用: 資料1, 2]
既存の海底地震観測網がカバーできていない広大な領域を、低コストで稠密な観測点に変えられる可能性があります。通信インフラとしての役目を終えたケーブルが、今度は地球の鼓動を聴き、人々の安全を守るためのインフラとして生まれ変わる。この挑戦は、廃棄されるインフラに新たな価値を見出す、未来に向けた希望の光と言えるかもしれません。
私たちの生活を根底から支え、絶えず進化を続ける海底ケーブル。その光の道は、これからも世界のデータを運び、新しい未来を紡いでいくことでしょう。次にあなたが動画を再生するとき、そのデータが深海8,000メートルの底から届いていることに、少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
この記事は信頼性の高い業界情報源に基づき作成し、編集部が内容を確認・監修しています。お気づきの点はお問い合わせよりお知らせください。
よくある質問
- 海底ケーブルがサメに噛まれるって本当ですか?
- 過去には実際にサメがケーブルを噛む事例が報告されていましたが、近年のケーブルは頑丈な保護被覆が強化されており、サメの歯がファイバーまで到達することはほぼありません。
- 海底ケーブルの修理はどうやって行うのですか?
- ケーブル敷設船が故障箇所を特定し、ロボット(ROV)などを使って海底からケーブルを引き上げ、船上で切断箇所を接続し直します。修理には数日から数週間かかることもあります。
- 海底ケーブルが切断されるとどうなりますか?
- 主要なルートは複数のケーブルで冗長化されているため、1本が切れても他のルートに通信が自動で迂回します。そのため、大規模な通信障害に直結することは稀です。