海底ケーブル1本で毎秒1.2ペタビット

海底ケーブル1本で毎秒1.2ペタビット
2023年、NTTとNECの研究チームがマルチコアファイバー(MCF)を使い、1本のガラス繊維で毎秒1.2ペタビット(1,200テラビット)の信号伝送に成功した。太平洋を挟んだデータセンター同士が、ほぼ無限に見える帯域でつながる時代が、すでに実験室の外で動き始めている。 ## シングルコアファイバーが抱える「シャノン限界」 過去20年で、海底ケーブルの伝送容量は1,000倍以上に膨らんだ。この急拡大を支えたのが波長多重(WDM)技術だ。1本のコアに異なる波長の光を数十〜数百本同時に通すことで、容量を積み上げてきた。 しかしどんな技術にも天井がある。情報理論が定める**シャノン限界**がそれで、シングルコアファイバー1本の理論上の上限は100〜150テラビット毎秒(Tbps)とされている。最新の海底ケーブルであるJUNOは16ファイバーペアの合計で350Tbpsを実現しているが、1ファイバーあたりに換算すると、すでにこの限界の圏内に入り始めている。 ファイバーの本数を増やせば容量は稼げる。ただし、海底に沈めるケーブルの直径と中継器のサイズには物理的な限界があり、単純な増強はいずれ行き詰まる。AIデータセンター間の通信需要は年率30〜40%で増え続けており、このペースが続けば2030年代初頭には既存インフラが根本的に不足する計算だ。 ## 「1本のファイバーに12の光の道を走らせる」 この壁を突破する発想は、驚くほどシンプルだ。ファイバーの中に「光の道(コア)」を複数作ればいい。 従来のファイバーは「1本=1コア」だったが、MCFは「1本=4〜12コア」にする。各コアが独立した光信号を伝えるため、容量はコア数に比例して増える。4コアなら約4倍、12コアなら約12倍。研究段階では19コアの実証も行われ、理論上19本分の伝送路を1本のファイバーに収める実験も成功している。 この技術カテゴリはSDM(空間分割多重)と呼ばれ、WDM(波長多重)が光の「色」を増やしたとすれば、SDMは光の「場所」を増やす次の次元のアプローチだ。そして見逃せない点がある——MCFの外径は従来のファイバーと同じ**125マイクロメートル**(髪の毛程度)に収める設計が主流となっている。既存のケーブル構造を根本から作り直す必要はなく、ファイバーを入れ替えるだけで容量を数倍に引き上げられる可能性がある。 ## NEC・NTTの実証が世界を驚かせた2つの記録 日本のNECとNTTは、MCF海底ケーブル研究で世界の最先端にいる。 2022年に実施した実験では、4コアMCFを使い太平洋横断に相当する**7,280kmの長距離伝送**に成功した。1ファイバーあたり319Tbpsという数字は、シングルコア最新技術の3〜4倍に相当する。「実験室では動いた」から「大西洋を渡れる」への証明として、業界に大きなインパクトを与えた実験だ。 翌2023年には12コアMCFで1ファイバーあたり**1.2Pbps(1,200Tbps)**の伝送実証に成功する。海底ケーブルの議論でペタビットという単位が登場したのは、これが実質的に初めてだった。 技術的な難所の一つが、MCF対応の中継器だ。従来は1コアにつき1台の光増幅器(EDFA)が必要で、コア数を増やせばそのまま中継器が肥大化する。NEC・NTTは複数コアを同時に増幅する**統合型EDFA**の開発に成功し、コストとサイズの問題を大幅に緩和した。この中継器なしには、深海での実用はまず不可能だった。 ## 商用化への道——コスト・接続・干渉の3つの壁 実証実験の成果と商用展開の間には、まだ距離がある。 最初の課題が**コア間クロストーク**だ。隣接するコアの光が互いに干渉し、信号品質が劣化するリスクがある。長距離・高密度配置では精密な設計と信号処理技術が求められる。次に立ちはだかるのが**接続技術**の壁だ。12本のコアを持つファイバーを正確につなぐには、シングルコアとは桁違いの精度が必要で、陸揚げ局や中継器での接続工程が現行の工法では対応しきれない部分がある。 コストも無視できない。現時点のMCFファイバー製造コストはシングルコアより高く、大規模商用展開には量産効果が出るまでの時間が必要だ。NECが次世代ケーブル計画(Taiheiなど)でMCF適用を検討しているが、実際の海底への敷設は2020年代後半以降になる見通しとされている。 ## AIが前倒しにする、海底通信の次の形 2030年代の海底ネットワークがどう変わるか——その答えは、今まさに決まりつつある。 海底ケーブルは一度敷設すると25年前後使われる長寿命インフラだ。2025〜2030年に発注されるケーブルがどの技術を採用するかが、2050年代の通信基盤を事実上決定づける。AIの急速な普及がMCF商用化のタイムラインを前倒しにしており、大陸間データリンクへの需要は加速する一方だ。 どのコア数が業界標準になるか、MCFとシングルコアがどのように棲み分けるか——そうした細部はまだ流動的だ。しかし1本のガラス繊維の中に12の光の道を並走させ、深海で毎秒1ペタビットを超える情報を運ぶ技術がすでに動いている事実は変わらない。海底の静寂の中で、次の通信インフラの基盤は着実に形作られている。

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出典

  • NEC Corporation: NEC のマルチコアファイバー研究開発
  • NTT Group: NTT の空間多重技術に関する研究
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