海底ケーブル容量は?衛星を圧倒する290Tbpsの正体

海底ケーブル容量は?衛星を圧倒する290Tbpsの正体

基礎から押さえる

2025年、三重県志摩市から伸びる1本の海底ケーブルが、毎秒290テラビットものデータを東南アジアへ届け始める。この「APRICOT」と名付けられたケーブルが持つ圧倒的な容量は、現代社会の血液ともいえるデータ通信の根幹を、深海から支える存在の象徴だ。本記事では、この最新ケーブルを切り口に、海底ケーブルの驚異的な性能、そしてしばしば比較される衛星通信との本当の関係性を、10年以上この業界を取材してきた視点から解き明かす。 ## 毎秒1万本の映画を運ぶ「APRICOT」の衝撃 毎秒290テラビット(Tbps)という数字は、にわかには想像しがたい。身近な例に置き換えるなら、2時間の高画質映画(約25ギガビットと仮定)を1秒間に1万1600本もダウンロードできる計算になる。これが、たった1本のケーブルで実現されるのだ。 APRICOTは、Google、Meta、そしてNTTといった日米の巨大企業が共同で出資する最新鋭の海底ケーブルプロジェクトである。その驚異的な伝送容量を支えるのが、SDM(Space Division Multiplexing:空間分割多重)と呼ばれる技術だ。従来よりも多くの光ファイバーの束(ファイバーペア)を1本のケーブルに収めることで、物理的にデータの通り道を増やし、通信量を飛躍的に向上させている。APRICOTでは12対のファイバーペアが採用された。 なぜ、これほどの容量が必要なのか。それは、高画質動画のストリーミング、クラウドサービスの普及、そして近年急速に発展するAI(人工知能)などが、私たちの想像を絶するペースでデータを生み出し、消費しているからに他ならない。デジタル社会の進化は、それを支えるインフラの進化と常に一体である。APRICOTは、その最前線を行く存在なのだ。 ## 日本から東南アジアへ、データが描く新たな経済回廊 APRICOTの価値は、その容量だけにあるのではない。注目すべきは、その戦略的なルート設定だ。 ケーブルは日本の三重県志摩市を起点に、台湾、グアム、フィリピン、インドネシアを経由し、最終的にシンガポールへと至る。このルートは、急成長を続ける東南アジアのデジタル経済圏と日本をダイレクトに結びつける、新たな経済回廊となる。データセンターが集積するシンガポールや、人口が多くデジタル化が急速に進むフィリピン、インドネシアといった国々への安定した大容量通信は、ビジネスの可能性を大きく広げるだろう。 地政学的な視点も欠かせない。このルートは、政治的な緊張が高まる南シナ海や、地震や船舶の航行によるケーブル切断リスクが指摘される台湾海峡やバシー海峡といったエリアを巧みに迂回している。通信インフラにおける「ルートの多様化」は、特定の地域で災害や紛争が起きても通信を維持するための生命線だ。GoogleやMetaのような巨大IT企業が、ライバル関係を超えてコンソーシアムを組み、巨額の投資を行う最大の理由がここにある。特定の国やルートに依存するリスクを分散し、自社のグローバルサービスを安定的に提供するための、いわば保険なのである。 ## Starlinkは海底ケーブルのライバルなのか? 「イーロン・マスク氏のStarlinkのような衛星通信が普及すれば、海底ケーブルは不要になるのでは?」という声を時折耳にする。これは、両者の役割を根本的に誤解した見方だ。 結論から言えば、衛星通信が海底ケーブルを代替することは、少なくとも現時点ではあり得ない。その理由は、容量の絶対的な差にある。最新の海底ケーブルAPRICOTが1本で290Tbpsの容量を持つのに対し、数千機の衛星で構成されるStarlinkの全衛星を合わせた総容量は、数十Tbps程度と推定されている。桁がいくつも違うのだ。世界の国際通信の99%以上が海底ケーブルによって運ばれているという事実は、この圧倒的な差を物語っている。 遅延(レイテンシー)の面でも、長距離通信においては光ファイバーに軍配が上がる。Starlinkのような低軌道(LEO)衛星は、従来の静止衛星に比べて劇的に遅延を改善したが、光が真空中を進む速度とファイバー内を進む速度の差を考慮しても、地上を最短距離で結ぶ海底ケーブルの物理的な優位性は揺るがない。 ## 「バックボーン」と「ラストワンマイル」それぞれの道 では、衛星通信の価値はどこにあるのか。それは、海底ケーブルが担う「バックボーン(基幹回線)」に対し、衛星通信は「ラストワンマイル(利用者への最終接続)」、特に地理的制約のあるエリアで真価を発揮する点にある。 海底ケーブルが国と国を結ぶ高速道路だとすれば、衛星通信は、その高速道路が通っていない山間部や離島、あるいは災害で道路が寸断された被災地へ物資を届けるヘリコプターのような存在だ。物理的なケーブルを敷設するのが困難または不可能な場所へ、空から直接インターネットアクセスを提供する。これが衛星通信の重要な役割である。 つまり、両者は競合するのではなく、互いを補完し合う関係にある。離島の住民がStarlinkを使って快適に動画を観る時も、そのデータの大部分は、どこかの陸揚げ局を経由して、結局は大陸間を結ぶ海底ケーブル網の上を流れている。両者が連携することで、より死角の少ない、強靭なグローバルネットワークが構築されるのだ。 ## 深海8,000mを旅するデータと私たちの未来 私たちが日常的にスマートフォンで検索し、動画を楽しみ、友人とメッセージを交わす。そのデータが、水深8,000mもの深海に敷設された、直径わずか数センチのケーブルの中を光の速さで駆け巡っているという事実に、思いを馳せる人は少ないだろう。 海底ケーブルの敷設は、数万キロに及ぶケーブルを正確なルートで海底に設置し、時には硬い岩盤を避け、時には埋設して保護するという、極めて高度な技術と経験が求められる過酷な事業だ。ひとたび障害が起きれば、特殊な修理船が現場に駆けつけ、ロボットを使ってケーブルを引き揚げ、修理を行う。私たちの便利なデジタルライフは、こうした人知れぬ努力と最先端技術によって、文字通り海の底から支えられている。 今後、AIやIoT、メタバースといった技術が社会に浸透すれば、世界のデータ流通量は爆発的な増加を続けるだろう。それに伴い、APRICOTのような大容量ケーブルの需要はますます高まり、さらに多くのファイバーペアを搭載した次世代技術の開発も進んでいく。私たちの未来は、深海に張り巡らされたこの細く強靭な神経網に、より深く依存していくことになる。次にあなたがインターネットに接続する時、そのデータが辿る壮大な深海の旅を、少しだけ想像してみてほしい。

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よくある質問

もし海底ケーブルが切れたらインターネットは使えなくなりますか?
すぐに使えなくなるわけではありません。重要なルートは複数のケーブルで冗長化されており、切断が起きるとデータは自動的に別のルートに迂回します。ただし、大規模な障害が複数箇所で発生すると、通信速度の低下や一部サービスの不安定化につながる可能性はあります。
海底ケーブルと衛星通信(Starlinkなど)、結局どちらが速いのですか?
通信の「速さ」には容量(太さ)と遅延(速さ)の2つの指標があります。データの「太さ」である容量は海底ケーブルが圧倒的に大きく、一度に大量のデータを送れます。通信の応答速度である「遅延」は、長距離の場合、物理的に最短距離を結ぶ海底ケーブルの方が有利です。
なぜGoogleやMetaのようなIT企業が自ら海底ケーブルに投資するのですか?
自社のクラウドサービスやSNSで発生する膨大なデータを安定して世界中に届けるためです。他社のインフラに依存するより、自ら敷設した方がコストを抑えられ、ルートの多様化によるリスク分散も可能になります。

出典

  • APRICOTケーブル解説: APRICOTケーブルのルート、12ファイバーペア・290Tbpsという容量、SDM技術の採用、2025年運用開始、Google・Metaらが協業する理由
  • 海底ケーブル vs 衛星通信: 海底ケーブルと衛星通信の容量、遅延、コストの比較、それぞれの用途(バックボーン vs ラストマイル)、補完関係
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